ゼロくんと中学生社長


ーーリリリリリリ。

 朝のアラームが鳴り、その爆音を消そうとすると誰かが私の代わりに止めた。

「起きろー凛星!」

「光、毎朝部屋に入ってこないでって言ってるじゃん!」

「凛星が起きないから、起こしにきてるんだろー!」

「アラームで起きてるし!」

 七瀬光(ななせ・こう)が幼馴染最後のひとりだ。
 光の家は、町のお医者さん。
 医者の子どもは医者になるなんていうけど、光は医者に全く興味がない。
 今年から定時制の高校に通いながら、配信者として活動している。
 兄の陽(よう)が医者になるから家は継がないと豪語してるが…これが次男か…。
 ただ、意外とひとつのことに一生懸命になるタイプで、イケメン配信者「kou」として、女子中高生に人気らしい。

「女子の部屋なんだからさ。ちょっとは気ぃ使ってくれない?」

「え? 待って。凛星って女子だったの?」

 おどけた顔の光がこうやって絡んでくるのは毎朝の日課だ。
 「よしよし、かわいい女の子でちゅね」と言いながら、私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

「ちょっと、やめてよ!」

 朝のウザ絡みには、何年経っても慣れない…!
 仕返しだ!と寝技を決めようと光の腕を取る。
 かかったな、へへへ。
 そのまま押さえ込むと「ギブギブ」と笑いながら、私の腕を2回トントンと叩いた。
 旅館の経営は厳しかったけど、柔道だけはパパが続けさせてくれた。
 小1から中1まで近所の道場に通って、中1のときに黒帯を取ったから辞めたのだ。

「はい、ストーップ。絡みすぎ」

 ちょっぴり怒った様子で、海斗も部屋に入ってきた。
 私と光をぐいっと引き離す。

「海斗〜嫉妬すんなよ。こんな馬鹿力のどこがいいんだか」

「ちょっと! 私のこと馬鹿力っていった!?」

 グルルルルと、海斗を盾にして光に威嚇する。
 海斗の背中をギュッと掴むと、海斗はいつものように優しく手を添えてくれた。
 あたたかい……。
 海斗の手に安心させられて、今日もいつも通りの毎日だとホッとする。
 パパだけがいないけどねーー。

「ケンカはおしまい。朝ごはんにしよう。凛星、顔を洗っておいで。光はご飯の盛り付け手伝って」

「「はーい!」」

 私と光が元気よく返事をすると、海斗は微笑んで階段を降りていった。
 「明日は負けねえぞ」と光も海斗の後を追う。

「毎日言ってろ!」

 私は、階段に向かって捨てゼリフを吐くと洗面所に向かった。


++++++++++


「「「いただきまーす」」」

 3人で食卓を囲む。
 海斗の朝ごはんは白米、目玉焼き、お味噌汁とシンプルだけど、毎日味噌汁の具材を変えてくれて、気が利くったらありゃしない。
 今日は私の大好きなナスの味噌汁だ!
 ママが蒸発してから、忙しくなったパパは朝から晩まで休みなく働いた。
 私はひとりの時間が増えて、その頃からかな……毎朝光が起こしにきてくれるようになったのは。
 同じ頃ーー。
 海斗は、毎朝朝ごはんを作りに来てくれるようになった。
前までは零も一緒に朝ごはんを食べていて、4人で食卓を囲んでいた。
 私はたちまちひとりじゃなくなった。

 零は私が忘れ物をしないか、家を出る前に最終チェックをしてくれたなあ。
 いつからか来てくれなくなったけど…。
 自立しろということなのか。
 幼馴染に忘れ物チェックさせるのもな〜と思って来なくなった理由は聞かなかった。
 そんなことを思い出していると、光がむしゃむしゃご飯を食べながら話し始める。

「旅館のこと、俺らも一緒に考えるからさ。まずは凛星の気持ちを聞かせろよ」

「そうだね。光の言う通りだよ。凛星の気持ちがいちばん大事なんだから」

「ありがとう。ふたりとも! この後、旅館に移動して4人で話せないかな。零にも聞いてもらいたいの」

 ウチの旅館の数字を把握している零にも話を聞いてもらわないといけない。
 零に納得してもらわないと、旅館は閉めたままになるだろう。

「えー零もかよー! あいつ最近怖いんだよな。なんか四六時中イライラしてるっていうか」

「ほら、光、そんなこと言わないの。凛星が4人で話したいって言ってるんだ。そうしよう?」

「はいはい、わかったよ!」

 考えることがこれからたくさんあるけど、前向きに頑張ろう。
 私には、味方になってくれる幼馴染がいるというだけで心強いじゃないか。
 朝ごはんを食べながら、嬉しくてちょっと泣きそうになるのをグッと堪えた。


++++++++++


「おはよう」

 旅館の入り口を開けて声をかける。
 零はさすがにまだ来てないよね?
 朝早いし、電話してみようと携帯を取り出すと、事務所から零が出てきた。

「はよ」

「朝早いね…」

 昨日久しぶりに話したけど、なんか緊張する…。
いつもどうやって話してたか思い出せないや。

「凛星が零と海斗と俺の4人で話したいって」

 光がそういうと「これからのことだよ」と海斗が補足してくれた。

「3人には申し訳ないけど……私の気持ちを聞いてもらえないかな」

「おう!」と光が笑い、「もちろんだよ」と海斗が微笑む。

「とりあえず机と椅子のある部屋に移動するか」

 零を先頭にロビーを後にした。


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 海斗が1リットルの水筒に入れてきてくれたお茶をコップに注いでくれる。
 どんな空気でもホッとできるようにしてくれてるんだな……。

「3人にお願いがあるの。この旅館をなんとかしたい。力を貸してくれない?」

「そうこなくっちゃ! 凛星のお願いなんて滅多にないことだし、俺はいつだって力になるよ!」

「昨日は反対したけど……凛星の気持ちは変わらないんだな」

「うん」

  すると、黙っていた零が口を開いた。

「まずはこれを見ろ。ここ一年の営業実態だ」

 それだけ言って、一冊のファイルを開いた。
線が引いてある。
 上にいくほど、数字は多いらしい。
 でも、その線は右にいくほど、下がっていた。

「減ってる……」

 私がつぶやくと、零はうなずいた。

「入ってくるお金より、出ていくお金のほうが多い」

 やっぱり相当厳しかったんだ…。
 パパは朝から晩まで体を壊してまで働いていたのに…。
 私にできることはなかっただろうかと今頃反省する。
 光が横から「毎月、赤字ってことだな」と呟いた。

「赤字……わかってはいたけど。つまりどうなるの?」

 海斗が眉をひそめる。
 私は、右に下がり続ける線を見ながら考えた。
 どうなるかじゃない、どうするかをこの旅館の娘として決 めなきゃいけないんだ。
 私の思考を待たず、零が言った。

「このままだと…12月までもたない」