「……これ、退職願です。今までお世話になりました」
翌朝、優里が拓真のデスクにそっと置いたのは、一枚の白い封筒だった。
その瞳には、怒りも悲しみもすでになく、ただ何も映さない静けさだけが宿っている。
「……何だと?」
拓真の指先が、はっきりと分かるほど震えた。
昨日の美優との修羅場。
そして、勝利者のように誰かに抱き寄せられ、背を向けて去っていった優里の姿。
一睡もできず、「どう謝るべきか」だけを考え続けていた拓真にとって、それは――死刑宣告だった。
「もう限界なんです」
優里は淡々と、感情を切り離した声で続ける。
「美優とのイチャイチャを見せつけられるのも、仕事という名目で監視されるのも。……私、西園寺さんの紹介で、別の場所で働きます」
拓真の胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「あの人は、私を『便利なおまけ』じゃなく、一人の人間として見てくれましたから」
「……西園寺の紹介? 別の場所……?」
その瞬間、拓真の脳内で、何かが乾いた音を立てて切れた。
優里が、自分の視界から消える。
自分以外の男が用意した場所で、
自分以外の男に向かって、微笑む――。
(……そんな未来、許せるはずがない)
地球が滅んでも、逃がすものか。
「認めない。その退職願は受理しない」
「辞めるのは、個人の自由です。……失礼します」
優里が背を向け、ドアへと歩き出した、その瞬間だった。
拓真はスマートフォンを取り出し、震える指である番号を押す。
「……親父か。俺だ」
低く、冷え切った声。
「今すぐ、桜田商社を買い取れ。……ああ、株を全部だ。言い値でいい。
一時間以内に、俺をこの会社の『オーナー正当代理人』にしろ」
「か、課長!? 何を言って――」
優里が振り返った時には、もう遅かった。
そこにいたのは、優柔不断な上司ではない。
世界企業・片桐グループの次期総帥。
獲物を逃さぬためなら、世界ごと噛み砕く――冷酷な捕食者の顔だった。
一時間後。
桜田商社の全館放送に、動揺を隠しきれない社長――優里の父の声が響いた。
「……本日、我が桜田商社は片桐グループの傘下に入ることとなりました。
これに伴い、全権事項は片桐拓真氏に委譲されます……」
社内が蜂の巣をつついたような騒ぎになる中、
拓真は優里の目の前で、退職願をゆっくりとシュレッダーにかけた。
「これで、お前がどこへ行こうと、そこは俺の支配下だ」
紙片が無残に裁断されていく。
「西園寺の紹介する会社? それも今すぐ買収リストに入れさせる。
お前が働く場所は、この地球上に――俺の目の届かない場所なんて、存在しない」
「……狂ってる」
優里の声が震える。
「あなた、狂ってます……っ」
「ああ、狂ってるさ」
拓真は微笑んだ。
「二十四年間、お前という呪いにかけられている」
細い腰を引き寄せ、逃げ場を塞ぐようにデスクへ押し付ける。
(どこにも行くな。
お前を失うくらいなら、俺は悪魔にだってなる。
守るためなら、会社の一つや二つ、安い)
だが――
優里の目から溢れたのは、喜びではなく、絶望の涙だった。
(……ひどい)
(美優と幸せになるために、私の逃げ場まで奪うのね)
(この人は……私が壊れるまで、やめない……)
その時、勢いよくドアが開いた。
「ちょっと拓真さん!? 買収って何よ!」
美優が慌てて飛び込んでくる。
「私の『お姉ちゃん覚醒作戦』、台無しじゃない!!」
「美優、黙れ」
拓真は一瞥すらくれず、優里だけを見つめた。
「……もう一度言う。
お前の居場所は、俺の隣だけだ」
「神系イケメン」が、
完全に「最凶の独裁者」へと堕ちた瞬間。
優里の勘違いは、もはや命の危険を感じるほどの絶望へと変わり、
二人の歪んだ関係は、誰にも止められない泥沼へと突き進んでいく。
翌朝、優里が拓真のデスクにそっと置いたのは、一枚の白い封筒だった。
その瞳には、怒りも悲しみもすでになく、ただ何も映さない静けさだけが宿っている。
「……何だと?」
拓真の指先が、はっきりと分かるほど震えた。
昨日の美優との修羅場。
そして、勝利者のように誰かに抱き寄せられ、背を向けて去っていった優里の姿。
一睡もできず、「どう謝るべきか」だけを考え続けていた拓真にとって、それは――死刑宣告だった。
「もう限界なんです」
優里は淡々と、感情を切り離した声で続ける。
「美優とのイチャイチャを見せつけられるのも、仕事という名目で監視されるのも。……私、西園寺さんの紹介で、別の場所で働きます」
拓真の胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「あの人は、私を『便利なおまけ』じゃなく、一人の人間として見てくれましたから」
「……西園寺の紹介? 別の場所……?」
その瞬間、拓真の脳内で、何かが乾いた音を立てて切れた。
優里が、自分の視界から消える。
自分以外の男が用意した場所で、
自分以外の男に向かって、微笑む――。
(……そんな未来、許せるはずがない)
地球が滅んでも、逃がすものか。
「認めない。その退職願は受理しない」
「辞めるのは、個人の自由です。……失礼します」
優里が背を向け、ドアへと歩き出した、その瞬間だった。
拓真はスマートフォンを取り出し、震える指である番号を押す。
「……親父か。俺だ」
低く、冷え切った声。
「今すぐ、桜田商社を買い取れ。……ああ、株を全部だ。言い値でいい。
一時間以内に、俺をこの会社の『オーナー正当代理人』にしろ」
「か、課長!? 何を言って――」
優里が振り返った時には、もう遅かった。
そこにいたのは、優柔不断な上司ではない。
世界企業・片桐グループの次期総帥。
獲物を逃さぬためなら、世界ごと噛み砕く――冷酷な捕食者の顔だった。
一時間後。
桜田商社の全館放送に、動揺を隠しきれない社長――優里の父の声が響いた。
「……本日、我が桜田商社は片桐グループの傘下に入ることとなりました。
これに伴い、全権事項は片桐拓真氏に委譲されます……」
社内が蜂の巣をつついたような騒ぎになる中、
拓真は優里の目の前で、退職願をゆっくりとシュレッダーにかけた。
「これで、お前がどこへ行こうと、そこは俺の支配下だ」
紙片が無残に裁断されていく。
「西園寺の紹介する会社? それも今すぐ買収リストに入れさせる。
お前が働く場所は、この地球上に――俺の目の届かない場所なんて、存在しない」
「……狂ってる」
優里の声が震える。
「あなた、狂ってます……っ」
「ああ、狂ってるさ」
拓真は微笑んだ。
「二十四年間、お前という呪いにかけられている」
細い腰を引き寄せ、逃げ場を塞ぐようにデスクへ押し付ける。
(どこにも行くな。
お前を失うくらいなら、俺は悪魔にだってなる。
守るためなら、会社の一つや二つ、安い)
だが――
優里の目から溢れたのは、喜びではなく、絶望の涙だった。
(……ひどい)
(美優と幸せになるために、私の逃げ場まで奪うのね)
(この人は……私が壊れるまで、やめない……)
その時、勢いよくドアが開いた。
「ちょっと拓真さん!? 買収って何よ!」
美優が慌てて飛び込んでくる。
「私の『お姉ちゃん覚醒作戦』、台無しじゃない!!」
「美優、黙れ」
拓真は一瞥すらくれず、優里だけを見つめた。
「……もう一度言う。
お前の居場所は、俺の隣だけだ」
「神系イケメン」が、
完全に「最凶の独裁者」へと堕ちた瞬間。
優里の勘違いは、もはや命の危険を感じるほどの絶望へと変わり、
二人の歪んだ関係は、誰にも止められない泥沼へと突き進んでいく。

