重苦しい沈黙がギルドホールを支配している中、エリナが突然手を挙げた。
「はーい! 『アルカナ』、行きまーす!」
陽気な声が、死の静寂を切り裂いた。
一瞬の、沈黙。
ギルドホール中の視線が、黒髪の少女に集中する。
そして――。
「ぶはははははっ!」
爆笑が、津波のように押し寄せてきた。
「新人の小娘が、何言ってんだ!」
「スタンピードを舐めてんのか?」
「ゴブリン一匹でも倒したことあんのか?!」
「死にてぇのか、それとも頭イカれてんのか?」
罵声と嘲笑が、容赦なく降り注ぐ。
まるで、石つぶてのように。
冒険者たちは、恐怖から解放されたかのように笑い転げていた。
エリナの手が剣の柄に触れ、黒曜石のような瞳に殺気が宿る。
五年間、一人で生き延びてきた剣士の本能が、敵意に反応していた。
(――斬るか)
一瞬、そんな思考が過った。
その時――。
「大丈夫です!」
レオンのまっすぐな声が、雷鳴のようにギルドを震わせた。
嘲笑が、一瞬で止まる。
全員の視線が、茶髪の青年に集中した。
「僕らが、スタンピードを止めてみせます!」
その声には、一片の迷いもなかった。
「止める? 馬鹿か!」
誰かが叫んだ。
「お前らに何ができるんだよ!」
「遊びじゃねえんだぞ!」
罵声が、再び降り注ぐ。
だが、レオンは微動だにしなかった。
翠色の瞳が、真っ直ぐに二階を見上げる。
その視線の先には、ギルドマスターがいた。
「情報をください」
静かな、でも力強い声。
「敵の規模、進路、到達予想時刻――全て」
その言葉に、ギルドマスターは息を呑んだ。
長年、数えきれないほどの冒険者を見てきた。
でも、この少年の目は、そのどれとも違っていた。
(この少年は……本気だ)
虚勢を張ったり、策を弄する者の目ではない。
勝利を確信してる者の目だ。
ギルドマスターは、震える声で答えた。
「……執務室に……来い」
◇
執務室の空気は、重く澱んでいた。
窓から差し込む朝日さえも、どこか色褪せて見える。
ギルドマスターが、震える指で地図をなぞった。
刀傷だらけの強面が、今は老人のように疲れ切っている。
「魔物たちは、このあたりを進軍中だ」
指が示すのは、街の郊外に広がる森林地帯。
そこから、黒い矢印が街に向かって伸びている。
「明日の夜明け、ストーンウォール砦に到達する」
声が、かすれていた。
「砦の兵力は三百。対して、魔物は……」
言葉が、詰まる。
まるで、死刑宣告を読み上げる裁判官のように。
「三万だ」
その数字が、部屋に落ちた。
「さ、三万……!?」
さすがのレオンも、叫んでしまった。
三万。
途方もない数字だ。
砦の兵士一人あたり、百体の魔物を相手にしなければならない計算になる。
それは、もはや戦闘ではない。
虐殺だ。
少女たちの顔にも、衝撃が走った。
エリナの黒い瞳が、わずかに揺れる。
ルナの顔から、血の気が引いていく。
シエルが、無意識に弓を握りしめる。
そして、さすがのミーシャも、その美しい顔をキュッとしかめた。
(三万……)
聖女の仮面の下で、冷静に計算する。
どんなに楽観的に見積もっても、勝ち目があるとは思えない。
でも、レオンの【運命鑑定】は『行け』と言った。
ならば、何か方法があるはずだ。
そう信じるしかない――。
ギルドマスターの声が、さらに沈んだ。
「援軍として向かうと決めたのは……」
言葉が途切れる。
そして、深々と頭を下げた。
「申し訳ない。君たち『アルカナ』だけだ」
その姿は、見ていて痛々しいほどだった。
沈黙が流れる。
本来なら、Aランクパーティが十、いや二十は必要な戦場。
それを、結成したばかりの新人五人で。
誰がどう見ても、自殺行為だ。
「Aランクパーティたちにも声はかけているんだが……」
ギルドマスターの声が、苦渋に満ちていた。
誰も、来ないのだ。
当然だ。
三万の魔物を相手に、命を懸ける馬鹿はいない。
冒険者は、生き残ってこそ冒険者なのだから。
「軍は籠城戦の準備で手一杯だ。ストーンウォールで一匹でも多く削れというのが命令だが……」
言葉が、途切れる。
それは、『死んでこい』と同義だった。
時間を稼げ。
一匹でも多く削れ。
そして、死ね。
それが、軍の命令だった。
砦の三百人の兵士たちは、最初から死ぬことを前提にされている。
そこに、五人の新人冒険者が加わったところで、何が変わるというのか。
重苦しい沈黙が、部屋を支配した。
「はーい! 『アルカナ』、行きまーす!」
陽気な声が、死の静寂を切り裂いた。
一瞬の、沈黙。
ギルドホール中の視線が、黒髪の少女に集中する。
そして――。
「ぶはははははっ!」
爆笑が、津波のように押し寄せてきた。
「新人の小娘が、何言ってんだ!」
「スタンピードを舐めてんのか?」
「ゴブリン一匹でも倒したことあんのか?!」
「死にてぇのか、それとも頭イカれてんのか?」
罵声と嘲笑が、容赦なく降り注ぐ。
まるで、石つぶてのように。
冒険者たちは、恐怖から解放されたかのように笑い転げていた。
エリナの手が剣の柄に触れ、黒曜石のような瞳に殺気が宿る。
五年間、一人で生き延びてきた剣士の本能が、敵意に反応していた。
(――斬るか)
一瞬、そんな思考が過った。
その時――。
「大丈夫です!」
レオンのまっすぐな声が、雷鳴のようにギルドを震わせた。
嘲笑が、一瞬で止まる。
全員の視線が、茶髪の青年に集中した。
「僕らが、スタンピードを止めてみせます!」
その声には、一片の迷いもなかった。
「止める? 馬鹿か!」
誰かが叫んだ。
「お前らに何ができるんだよ!」
「遊びじゃねえんだぞ!」
罵声が、再び降り注ぐ。
だが、レオンは微動だにしなかった。
翠色の瞳が、真っ直ぐに二階を見上げる。
その視線の先には、ギルドマスターがいた。
「情報をください」
静かな、でも力強い声。
「敵の規模、進路、到達予想時刻――全て」
その言葉に、ギルドマスターは息を呑んだ。
長年、数えきれないほどの冒険者を見てきた。
でも、この少年の目は、そのどれとも違っていた。
(この少年は……本気だ)
虚勢を張ったり、策を弄する者の目ではない。
勝利を確信してる者の目だ。
ギルドマスターは、震える声で答えた。
「……執務室に……来い」
◇
執務室の空気は、重く澱んでいた。
窓から差し込む朝日さえも、どこか色褪せて見える。
ギルドマスターが、震える指で地図をなぞった。
刀傷だらけの強面が、今は老人のように疲れ切っている。
「魔物たちは、このあたりを進軍中だ」
指が示すのは、街の郊外に広がる森林地帯。
そこから、黒い矢印が街に向かって伸びている。
「明日の夜明け、ストーンウォール砦に到達する」
声が、かすれていた。
「砦の兵力は三百。対して、魔物は……」
言葉が、詰まる。
まるで、死刑宣告を読み上げる裁判官のように。
「三万だ」
その数字が、部屋に落ちた。
「さ、三万……!?」
さすがのレオンも、叫んでしまった。
三万。
途方もない数字だ。
砦の兵士一人あたり、百体の魔物を相手にしなければならない計算になる。
それは、もはや戦闘ではない。
虐殺だ。
少女たちの顔にも、衝撃が走った。
エリナの黒い瞳が、わずかに揺れる。
ルナの顔から、血の気が引いていく。
シエルが、無意識に弓を握りしめる。
そして、さすがのミーシャも、その美しい顔をキュッとしかめた。
(三万……)
聖女の仮面の下で、冷静に計算する。
どんなに楽観的に見積もっても、勝ち目があるとは思えない。
でも、レオンの【運命鑑定】は『行け』と言った。
ならば、何か方法があるはずだ。
そう信じるしかない――。
ギルドマスターの声が、さらに沈んだ。
「援軍として向かうと決めたのは……」
言葉が途切れる。
そして、深々と頭を下げた。
「申し訳ない。君たち『アルカナ』だけだ」
その姿は、見ていて痛々しいほどだった。
沈黙が流れる。
本来なら、Aランクパーティが十、いや二十は必要な戦場。
それを、結成したばかりの新人五人で。
誰がどう見ても、自殺行為だ。
「Aランクパーティたちにも声はかけているんだが……」
ギルドマスターの声が、苦渋に満ちていた。
誰も、来ないのだ。
当然だ。
三万の魔物を相手に、命を懸ける馬鹿はいない。
冒険者は、生き残ってこそ冒険者なのだから。
「軍は籠城戦の準備で手一杯だ。ストーンウォールで一匹でも多く削れというのが命令だが……」
言葉が、途切れる。
それは、『死んでこい』と同義だった。
時間を稼げ。
一匹でも多く削れ。
そして、死ね。
それが、軍の命令だった。
砦の三百人の兵士たちは、最初から死ぬことを前提にされている。
そこに、五人の新人冒険者が加わったところで、何が変わるというのか。
重苦しい沈黙が、部屋を支配した。



