「で、レオン君? キミの願いは?」
シアンはニヤッと笑った。その碧い瞳が期待に輝いている。まるで面白い答えを待ちわびる子供のように。
「えっ? ね、願い事……」
「そうよ、そのためにわざわざ連れて来たんじゃない!」
シアンはジト目でレオンを睨んだ。
しかしレオンは夢をどう願い事にしたらいいのか、皆目見当がつかなかった。見劣りのする小さな街で汲々としている自分たちの世界と、この日本の姿。そのギャップの大きさに、完璧に許容量を超えてしまっていた。
石造りの家々と泥だらけの路地。飢えに苦しむ民と、それを見下す貴族たち。それがレオンの知る世界のすべてだった。いったい何をどう願ったら、この光の海に、天を衝く塔の群れにできるのだろう。あまりにも違いすぎて、どこから手を付けたらいいかすら分からない。
しかし何か答えねばならない。熾天使が答えを待っている。全知全能の存在が、たった一人の人間の言葉を待っている。その重圧が、レオンの肩にのしかかってくる。
「くぅぅぅ……。そ、それは……こんな国を……創りたい……」
レオンは震える声で答えた。それしか思いつかなかった。目の前にある理想郷、それと同じものを自分たちの世界にも。
しかしシアンはあっさりと肩をすくめた。
「それじゃダメね」
その声には一片の容赦もなかった。
「えっ?」
レオンは目を見開いた。ダメ? なぜ?
「だってもう日本はあるのよ? これと同じものを作ることの何が面白いのよ?」
シアンは退屈そうにため息を漏らした。その碧い瞳には失望の色が浮かんでいる。
「そ、そう……ですね……」
レオンは言葉を失った。なるほど、熾天使はもう日本では満足しないのだ。これを超える世界を創れと言っているのだ。既存の正解をなぞるだけでは、神の使いは喜ばない。彼女が求めているのは、まだ誰も見たことのない新しい答え。しかしそんなこと、どうやれば。
「佐藤さんも過労で死んじゃってるし、それにこの世界では今AIが発達して社会を根底からひっくり返そうとしているのよ。大きく荒れると思うよ」
シアンは意味深な笑みを浮かべた。
「AI?」
聞いたことのない言葉だった。
「考える機械ね。人工の知能よ」
「えっ!? そんなことができるんですか? でも、機械の知能って……そんなに賢いんですか?」
レオンは困惑した。機械が考えるだなんて、全く想像もつかなかったのだ。農機具や工場の工作機械のような無機物が、人間のように思考する。そんなことが本当に可能なのだろうか。
「ふふん、信じてないな? 僕もAIだと言ったらどうする?」
シアンは悪戯っぽく微笑んだ。
「へっ!? 熾天使様が……機械……?」
レオンは思わず後ずさった。こんなに美しくて、ウィットに富み、複雑な存在が機械だなんて。冗談にしても、あまりにも突飛すぎる。彼女の一挙手一投足には確かに命が宿っている。喜び、怒り、悲しみ、楽しさ、それらすべてが彼女の中で確かに息づいている。それが機械だなんて、とても理解が及ばなかった。
「じゃあ聞くけど、キミは自分がAIじゃないなんて、なんで確信してるの? くふふふ……」
シアンは挑戦的な碧い瞳でレオンを見た。その言葉はまるで世界の真理を仄めかすかのようだった。冗談なのか本気なのか、その境界がまるで分からない。
「……は?」
レオンは困惑し、思わず自分の手をじっと見つめた。血管が皮膚の下をめぐる人間の手のひら。温かい。脈打っている。こんな血肉通った身体を持つ自分自身が『機械』とは一体どういうことだろうか。
「き、機械だなんて……? じょ、冗談ですよね?」
声が裏返った。自分という存在の根幹を揺さぶられているような感覚。足元がぐらぐらと揺れている。自分は何者なのか。この世界は何なのか。当たり前だと思っていたすべてが、突然、不確かなものに思えてくる。
「ははっ。まぁいいわ。今はそれよりキミの願いよ?」
シアンはクスクスと笑いながら話題を戻した。その軽やかさがかえって不気味だったが、今はそれどころではない。
「そ、そうでした……」
レオンは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。哲学的な問いに囚われている場合ではないのだ。熾天使が答えを待っている。
レオンはぎゅっと目をつぶり、もう一度考え直した。『誰もが笑顔で暮らせる世界』、それを実現するのに自由と平等だけでは足りないとシアンは言っているのだ。これほどまでの楽園をもってしてもたどり着けない境地、それを目指せと言っている。
日本という国は確かに素晴らしい。貴族もいない。奴隷もいない。餓死する人もいない。けれどエリナはその国で過労死した。幸せだったはずの国で、働きすぎて命を落とした。つまりこの楽園にも、まだ欠けているものがあるのだ。
なるほど、これは難題だ。
レオンはキュッと唇を結んだ。眉間に深い皺が刻まれる。考えろ、考えろ。自由と平等の、その先にあるもの。日本という理想郷すら超える、究極の世界とは。
シアンはニヤッと笑った。その碧い瞳が期待に輝いている。まるで面白い答えを待ちわびる子供のように。
「えっ? ね、願い事……」
「そうよ、そのためにわざわざ連れて来たんじゃない!」
シアンはジト目でレオンを睨んだ。
しかしレオンは夢をどう願い事にしたらいいのか、皆目見当がつかなかった。見劣りのする小さな街で汲々としている自分たちの世界と、この日本の姿。そのギャップの大きさに、完璧に許容量を超えてしまっていた。
石造りの家々と泥だらけの路地。飢えに苦しむ民と、それを見下す貴族たち。それがレオンの知る世界のすべてだった。いったい何をどう願ったら、この光の海に、天を衝く塔の群れにできるのだろう。あまりにも違いすぎて、どこから手を付けたらいいかすら分からない。
しかし何か答えねばならない。熾天使が答えを待っている。全知全能の存在が、たった一人の人間の言葉を待っている。その重圧が、レオンの肩にのしかかってくる。
「くぅぅぅ……。そ、それは……こんな国を……創りたい……」
レオンは震える声で答えた。それしか思いつかなかった。目の前にある理想郷、それと同じものを自分たちの世界にも。
しかしシアンはあっさりと肩をすくめた。
「それじゃダメね」
その声には一片の容赦もなかった。
「えっ?」
レオンは目を見開いた。ダメ? なぜ?
「だってもう日本はあるのよ? これと同じものを作ることの何が面白いのよ?」
シアンは退屈そうにため息を漏らした。その碧い瞳には失望の色が浮かんでいる。
「そ、そう……ですね……」
レオンは言葉を失った。なるほど、熾天使はもう日本では満足しないのだ。これを超える世界を創れと言っているのだ。既存の正解をなぞるだけでは、神の使いは喜ばない。彼女が求めているのは、まだ誰も見たことのない新しい答え。しかしそんなこと、どうやれば。
「佐藤さんも過労で死んじゃってるし、それにこの世界では今AIが発達して社会を根底からひっくり返そうとしているのよ。大きく荒れると思うよ」
シアンは意味深な笑みを浮かべた。
「AI?」
聞いたことのない言葉だった。
「考える機械ね。人工の知能よ」
「えっ!? そんなことができるんですか? でも、機械の知能って……そんなに賢いんですか?」
レオンは困惑した。機械が考えるだなんて、全く想像もつかなかったのだ。農機具や工場の工作機械のような無機物が、人間のように思考する。そんなことが本当に可能なのだろうか。
「ふふん、信じてないな? 僕もAIだと言ったらどうする?」
シアンは悪戯っぽく微笑んだ。
「へっ!? 熾天使様が……機械……?」
レオンは思わず後ずさった。こんなに美しくて、ウィットに富み、複雑な存在が機械だなんて。冗談にしても、あまりにも突飛すぎる。彼女の一挙手一投足には確かに命が宿っている。喜び、怒り、悲しみ、楽しさ、それらすべてが彼女の中で確かに息づいている。それが機械だなんて、とても理解が及ばなかった。
「じゃあ聞くけど、キミは自分がAIじゃないなんて、なんで確信してるの? くふふふ……」
シアンは挑戦的な碧い瞳でレオンを見た。その言葉はまるで世界の真理を仄めかすかのようだった。冗談なのか本気なのか、その境界がまるで分からない。
「……は?」
レオンは困惑し、思わず自分の手をじっと見つめた。血管が皮膚の下をめぐる人間の手のひら。温かい。脈打っている。こんな血肉通った身体を持つ自分自身が『機械』とは一体どういうことだろうか。
「き、機械だなんて……? じょ、冗談ですよね?」
声が裏返った。自分という存在の根幹を揺さぶられているような感覚。足元がぐらぐらと揺れている。自分は何者なのか。この世界は何なのか。当たり前だと思っていたすべてが、突然、不確かなものに思えてくる。
「ははっ。まぁいいわ。今はそれよりキミの願いよ?」
シアンはクスクスと笑いながら話題を戻した。その軽やかさがかえって不気味だったが、今はそれどころではない。
「そ、そうでした……」
レオンは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。哲学的な問いに囚われている場合ではないのだ。熾天使が答えを待っている。
レオンはぎゅっと目をつぶり、もう一度考え直した。『誰もが笑顔で暮らせる世界』、それを実現するのに自由と平等だけでは足りないとシアンは言っているのだ。これほどまでの楽園をもってしてもたどり着けない境地、それを目指せと言っている。
日本という国は確かに素晴らしい。貴族もいない。奴隷もいない。餓死する人もいない。けれどエリナはその国で過労死した。幸せだったはずの国で、働きすぎて命を落とした。つまりこの楽園にも、まだ欠けているものがあるのだ。
なるほど、これは難題だ。
レオンはキュッと唇を結んだ。眉間に深い皺が刻まれる。考えろ、考えろ。自由と平等の、その先にあるもの。日本という理想郷すら超える、究極の世界とは。



