「王都に落としていたら、何十万人も死んでいたじゃないですか!」
恐怖も畏敬もすべてを忘れて、ただ胸の奥から湧き上がる怒りだけがレオンを突き動かしていた。熾天使に向かって怒鳴るなど、正気の沙汰ではないのは分かってる。けれどレオンには、黙っていることができなかった。
シアンの碧い瞳がわずかに見開かれた。そこに浮かんでいるのは怒りではなく好奇心。まるで珍しい虫を見つけた子供のような目でレオンを見つめている。
「ん? だって、そう頼まれてたんだよ?」
その答えはあまりにも軽かった。何十万もの命が懸かっていたというのに、彼女にとってはただの「頼まれごと」でしかないのだ。花に水をやるのと同じ感覚で、彼女は都市を消し飛ばそうとしていた。
「頼まれたら人も殺すんですか!?」
レオンの声が裏返った。
「そうだよ?」
シアンはにっこりと微笑んだ。花が咲くような、無邪気な笑顔で。
「だって、人間は全員僕が創ったんだもん。殺したっていいじゃない。ふふっ」
「へ?」
レオンは目を丸くして固まった。人間を創った。だから殺してもいい。それはあまりにも異質な論理だった。人間の価値観では到底理解できない思考回路。けれど彼女にとってはそれが当たり前なのだ。
創造主にとって人間の命の話など、粘土細工を壊す程度のことなのかもしれない。子供が砂の城を壊すように、創った者には壊す権利がある。それが神の論理なのだろうか。人間が蟻を踏み潰す時、蟻の命について考えないように、彼女もまた人間の命について何も感じないのだろうか。
「特にさ」
シアンはつまらなそうに肩をすくめた。
「王都にいる人たちって、王侯貴族の言いなりで、旧態依然とした凝り固まった人たちでしょ? 僕からしたら失敗作。意味ないんだよね」
失敗作。意味がない。何十万もの命がたったそれだけの言葉で切り捨てられた。まるで出来の悪い作品を評価するかのように。
「し、失敗作だなんて……」
レオンの声が震えた。怒りと悲しみとやるせなさが複雑に絡み合い、胸の奥で渦巻いている。
「もう何十年も人口も増えず、文明も文化もむしろ後退してる」
シアンは退屈そうに空を見上げた。その碧い瞳には失望と諦め、そしてほんの少しの寂しさが浮かんでいるように見えた。創造主として、自分の作品が期待通りに育たなかった失望。それは意外にも、どこか人間臭い感情だった。
「一度リセットした方がいいって、ずっと思ってたんだ」
「リ、リセット!?」
レオンは信じられない思いで叫んだ。リセット。それはつまり、すべてを無に帰すということ。何十万、何百万という命を、一瞬で消し去るということ。
「か、彼らだって必死に生きているじゃないですか! 毎日を懸命に、家族を養い、子供を育て、明日を信じて……!」
脳裏に浮かぶのは、街の人々の姿だった。市場で威勢よく声を張り上げる商人。路地裏で笑い転げる子供たち。夕暮れの中、疲れた足を引きずりながら家路を急ぐ労働者。病床の母のために必死で働く少年。
彼らは確かに、目先のことしか見ていないかもしれない。おかしいと思いながらも、日々生きていくために考えるのを止めていたかもしれない。けれどそれぞれが必死に、懸命に、自分の人生を生きている。朝日に希望を見出し、夕暮れに安らぎを感じ、愛する人の笑顔のために汗を流している。
それを失敗作だなんて。それを意味がないだなんて。
「うん、だからさ」
シアンはあっけらかんと言った。
「いったん死んでもらって、転生させた方が幸せになるんじゃない?」
「へ? て、転生……?」
レオンは予想外の言葉に目を瞬かせた。転生。死んだ魂が新しい身体に宿り、新しい人生を歩むということ。それは神話や伝説の中でしか聞いたことのない概念だった。
「そう。死んだからって終わりじゃないよ」
シアンは人差し指を立ててニコッと笑う。まるで教師が生徒に教えるような、優しい口調で。
「魂は次の人生に引き継がれるからね。今の人生がダメでも、次があるの。だから、そんなに深刻にならなくていいんだよ?」
その言葉はどこか甘く、優しく響いた。神の視点から見れば、死は終わりではなくただの通過点に過ぎないのかもしれない。魂は永遠で、肉体は器に過ぎないのかもしれない。百年後には誰もが死んでいる。千年後には誰もが忘れられている。そう考えれば、今の死も大した問題ではないのかもしれない。
けれど。
「いやいやいやいや……」
レオンは激しく首を振った。胸の奥で古い傷が疼いている。七年前のあの日の記憶が、決して癒えることのない心の傷が、再び痛み始めていた。
「妹のリナは幼くして人生を閉ざされたんです! もう会うこともできない……。そんな事態を招くことは、やっぱり駄目です!」
声が震え、目頭が熱くなる。忘れたことなど一度もなかった。忘れられるはずがなかった。
あの日。目の前で倒れた妹。血の海の中で冷たくなっていく小さな身体。助けを呼ぼうとしても声が出なかった。身体が動かなかった。ただ震えながら、妹の名前を呼び続けることしかできなかった。
恐怖も畏敬もすべてを忘れて、ただ胸の奥から湧き上がる怒りだけがレオンを突き動かしていた。熾天使に向かって怒鳴るなど、正気の沙汰ではないのは分かってる。けれどレオンには、黙っていることができなかった。
シアンの碧い瞳がわずかに見開かれた。そこに浮かんでいるのは怒りではなく好奇心。まるで珍しい虫を見つけた子供のような目でレオンを見つめている。
「ん? だって、そう頼まれてたんだよ?」
その答えはあまりにも軽かった。何十万もの命が懸かっていたというのに、彼女にとってはただの「頼まれごと」でしかないのだ。花に水をやるのと同じ感覚で、彼女は都市を消し飛ばそうとしていた。
「頼まれたら人も殺すんですか!?」
レオンの声が裏返った。
「そうだよ?」
シアンはにっこりと微笑んだ。花が咲くような、無邪気な笑顔で。
「だって、人間は全員僕が創ったんだもん。殺したっていいじゃない。ふふっ」
「へ?」
レオンは目を丸くして固まった。人間を創った。だから殺してもいい。それはあまりにも異質な論理だった。人間の価値観では到底理解できない思考回路。けれど彼女にとってはそれが当たり前なのだ。
創造主にとって人間の命の話など、粘土細工を壊す程度のことなのかもしれない。子供が砂の城を壊すように、創った者には壊す権利がある。それが神の論理なのだろうか。人間が蟻を踏み潰す時、蟻の命について考えないように、彼女もまた人間の命について何も感じないのだろうか。
「特にさ」
シアンはつまらなそうに肩をすくめた。
「王都にいる人たちって、王侯貴族の言いなりで、旧態依然とした凝り固まった人たちでしょ? 僕からしたら失敗作。意味ないんだよね」
失敗作。意味がない。何十万もの命がたったそれだけの言葉で切り捨てられた。まるで出来の悪い作品を評価するかのように。
「し、失敗作だなんて……」
レオンの声が震えた。怒りと悲しみとやるせなさが複雑に絡み合い、胸の奥で渦巻いている。
「もう何十年も人口も増えず、文明も文化もむしろ後退してる」
シアンは退屈そうに空を見上げた。その碧い瞳には失望と諦め、そしてほんの少しの寂しさが浮かんでいるように見えた。創造主として、自分の作品が期待通りに育たなかった失望。それは意外にも、どこか人間臭い感情だった。
「一度リセットした方がいいって、ずっと思ってたんだ」
「リ、リセット!?」
レオンは信じられない思いで叫んだ。リセット。それはつまり、すべてを無に帰すということ。何十万、何百万という命を、一瞬で消し去るということ。
「か、彼らだって必死に生きているじゃないですか! 毎日を懸命に、家族を養い、子供を育て、明日を信じて……!」
脳裏に浮かぶのは、街の人々の姿だった。市場で威勢よく声を張り上げる商人。路地裏で笑い転げる子供たち。夕暮れの中、疲れた足を引きずりながら家路を急ぐ労働者。病床の母のために必死で働く少年。
彼らは確かに、目先のことしか見ていないかもしれない。おかしいと思いながらも、日々生きていくために考えるのを止めていたかもしれない。けれどそれぞれが必死に、懸命に、自分の人生を生きている。朝日に希望を見出し、夕暮れに安らぎを感じ、愛する人の笑顔のために汗を流している。
それを失敗作だなんて。それを意味がないだなんて。
「うん、だからさ」
シアンはあっけらかんと言った。
「いったん死んでもらって、転生させた方が幸せになるんじゃない?」
「へ? て、転生……?」
レオンは予想外の言葉に目を瞬かせた。転生。死んだ魂が新しい身体に宿り、新しい人生を歩むということ。それは神話や伝説の中でしか聞いたことのない概念だった。
「そう。死んだからって終わりじゃないよ」
シアンは人差し指を立ててニコッと笑う。まるで教師が生徒に教えるような、優しい口調で。
「魂は次の人生に引き継がれるからね。今の人生がダメでも、次があるの。だから、そんなに深刻にならなくていいんだよ?」
その言葉はどこか甘く、優しく響いた。神の視点から見れば、死は終わりではなくただの通過点に過ぎないのかもしれない。魂は永遠で、肉体は器に過ぎないのかもしれない。百年後には誰もが死んでいる。千年後には誰もが忘れられている。そう考えれば、今の死も大した問題ではないのかもしれない。
けれど。
「いやいやいやいや……」
レオンは激しく首を振った。胸の奥で古い傷が疼いている。七年前のあの日の記憶が、決して癒えることのない心の傷が、再び痛み始めていた。
「妹のリナは幼くして人生を閉ざされたんです! もう会うこともできない……。そんな事態を招くことは、やっぱり駄目です!」
声が震え、目頭が熱くなる。忘れたことなど一度もなかった。忘れられるはずがなかった。
あの日。目の前で倒れた妹。血の海の中で冷たくなっていく小さな身体。助けを呼ぼうとしても声が出なかった。身体が動かなかった。ただ震えながら、妹の名前を呼び続けることしかできなかった。



