ハニートラップ


一本だけ生えている桜の木の下のベンチに、高峰くんが腰を下ろす。

「座って、珠桜。」

そう言って繋がったままの手を引かれた。

いいのかな、と葛藤して、結局隣に座る。
古い柱時計を見れば、もう手遅れの時刻だった。

柔らかい日差しと、そよ風が気持ちいい。
空を見れば、早足の桜の花達が戯れ合うように揺れている。


「昔、珠桜が助けた怪我した奴。
あれ、俺なんだよね。」


唐突な告白に時が止まる。
ざぁっと強い風が吹いて、落ちていた花びらが舞い上がった。

高峰くんの方を見れば、片眉を下げて微笑んでいる。
切ないとか、恥ずかしいとか罰が悪いとか、そのどれとも取れる表情だった。


「死にかけだった俺を、珠桜が救ったの。」

ドクンドクンと胸が鳴る。
今までの全部が繋がって、心が震えた。

躊躇いがちに、高峰くんの手が伸びてくる。
私が事件のトラウマを思い出さないか伺いながら、頬にそっと手を添えた。


フラッシュバックに強張ったのは一瞬で、優し過ぎる手つきに思考も心も奪われる。
甘い胸の疼きに伏せたまつ毛が震えた。

「……なんで言ってくれなかったの。」

「すぐ言ったら思い出になるだけでしょ?」

「そんなのわからないじゃん。」

「わかるよ。」

目を上げれば、視線まで絡め取られる。
気付かないくらいにゆっくりと、高峰くんと私の距離が消えていく。

コツンと額がぶつかって、高峰くんしか見えなくなった。