「___危ないっ!!」
手を伸ばし、彼を突き飛ばす。
「___死ねっ、ノーネーム!!」
男の子が持つナイフの刃先が、私へ向かってきた。
私は息を吸い込む。
そして___。
***
数時間前。
昼休みに入った大和高等学校、2年1組の教室。
私は席に座ったまま窓の向こうを眺めていた。
周りが皆、机にお弁当箱を広げて食べている中、私の机の上のお弁当箱は巾着に入ったまま置かれている。
ふわぁ、とあくびが出て目をこする。
窓際に近いこの席は、ぽかぽかと暖かい。
だから春であるこの時期は眠くてかなわない。
「えっと…白川さんだよね、隣の席の」
ふと、声をかけてきた男子生徒に視線を移す。
彼は今日、転校してきたばかりの男の子で…えーと、名前は…なんだっけ…?
人の名前を覚えるの、ホント苦手なんだよね。
特に男の子は頭に入ってこない。
思い出せないまま、にこりと笑って首を傾げる。
「そうだよ、どうかした?」
「えっと…お昼、食べないのかなって思って…よかったら一緒に___」
彼が言いかけたそのとき、教室のドアが開いた。
クラスメイト達の視線が釘付けになる。
ひょっこりと顔を出した二人…黒髪と茶髪が視界に映った。
「___夢明、迎えにきた」
「屋上いこー、リーダー」
黒ちゃんは制服のポッケに手を入れたまま、ちゃー君は私に手をひらりと振りながらそれぞれ口を開いた。
「あれ、今日の迎えは黒ちゃんとちゃー君だけ?紫君としろしろは?」
私はお弁当箱の入った巾着を持ち立ち上がる。
「紫神君と真白君なら、先に屋上ー」
ちゃー君が答えながら私の腕にすり寄ってきた。
まるで猫みたいなちゃー君の、ふわふわとした茶色い髪をなでながら廊下に出る。
うーん、ちょっと歩きづらいなぁ。
「早くいくぞ」
「黒ちゃん、ちゃー君持ってってよ」
「…自分でなんとかしろ」
秒でフラれた。
今日の黒ちゃんはクールだな。
あ、そっか…いやいや、違う違う。
今は“人目”があるからか。
私は一人納得し先を行く黒ちゃんを、ちゃー君を連れたまま追いかけた。
***
夢明と呼ばれた少女が教室を出た後、先程まで彼女に声をかけていた転校生はその背中を見送っていた。
三人が廊下に出てしばらくすると、彼の周りに人だかりができた。
「お前、よく声かけられたな…さすが転校生」
まだ顔と名前の一致しないクラスメイト達が次々と口を開き、声をかける。
「白川さん、可愛いけどさ…もう声かけない方がいいぜ」
その言葉に黙る転校生。
「あ、イジメとかじゃなくてさ…んー、なんていうか…あの人、ってかあの人達はこの学校の有名人なんだよ」
「そうそう、この学校の不良チームで___」
転校生は三人が出ていった方角を見つめて、呟いた。
「不良チーム…『ノーネーム』…」
転校してきたばかりの彼が呟いた言葉に、今度はクラスメイト達が目を丸くした。
***
階段を登りきり、黒ちゃんがドアを開ける。
「おや、遅かったね」
「先にご飯!食べてたよ!これねー、新発売のやつおいしいよー!」
屋上に着くとすでに紫君としろしろが待っていた。
二人の座る床の上には購買のパンやおにぎり、飲み物が転がっている。
「悪い、遅くなった。…育人が夢明から離れなくてな」
「あいたっ」
黒ちゃんがちゃー君の頭を小突く。
それを見て紫君が笑った。
「ああ、なるほど…茶々原君はリーダーに懐いてるから、仕方ないね」
「皆!ご飯たべよ!子分が買ってきてくれた!」
右手にパン、左手におにぎりを持ってはしゃぐしろしろ。
私は疑問に思い、首をかしげて問いかけた。
「しろしろ、子分って誰のこと?」
「えー?子分は子分だよ!」
「んんー?子分…?」
「おや、覚えてないのかいリーダー?今年の1年生でチームに入ってきた男の子だよ…まずは下っ端として入れるって話をしただろう?」
紫君の言葉に、徐々に記憶がよみがえってきた。
そういえばいたような…そんな子。
紫君が指先を口元に添える。
「えっと、確か名前は___」
その瞬間、元気の良い声が辺りに響いた。
「黄谷です!黄谷 善照といいます!」
私達の視線が、屋上の隅へ集まる。
そこには、目立たないようにだろうか?
正座をして冷たい床の上に座る、金髪の男の子がいた。
彼は緊張した面持ちで続ける。
「俺…ホント感激です…!中学の頃から憧れてた『ノーネーム』の下っ端になれるなんて…!」
そう言うなり、彼は私達一人一人を眺めた。
「紫神 怜さん!味方に対する温和な態度とは一変して、敵への態度は冷たく残酷になる…通称『死神』と呼ばれた男…!」
「あはは、俺、そんなに有名かな?」
紫君が頬をぽりぽりとかく。
「一人で相撲部を壊滅させた怪力と胃袋の持ち主である真白 叫さんと、柔軟な身のこなしで相手を受け流す茶々原 育人さん…!」
「ちゃんこ鍋、おいしかったー!」
「だって雑魚を一々相手にするのめんどくない?」
しろしろが両手を空に突き上げながら。
ちゃー君が懐から棒つきキャンディーを取りだしながら言った。
「そして…黒石 勇成さん!売られたケンカは全て買う、クールな特攻隊長…!マジ憧れます!」
「…そうか」
黒ちゃんがため息を吐きながら頭をかいた。
…私はなんて紹介されるんだろう。
ちょっとドキドキしながら待っていると、こちらに顔が向いた。
下っ端君は、最後に私を見て、ジトリとした視線を向ける。
「……それと、皆さんをまとめる女総長の白川 夢明さん」
………………。
え、それで終わり?
さっくりし過ぎてないかい?
私はガクリと肩を落としながら黒ちゃんを手招きした。
黒ちゃんが私の目の前に腰を下ろした。
「新人のきぃ君は意地悪だねぇ」
ポツリと呟いてあぐらをかく黒ちゃんの膝の上に座る。
よいこらせ、と。
きぃ君がその様子を見て眉をピクリとつり上げた。
「ちょ、なにしてんすか、あんた!総長だからって黒石さんのひ…膝の上に座るなんて…!」
「え、だって床の上って冷たいし硬いんだもん」
正直に、思ったことを告げるときぃ君は“信じられない”といった顔でこちらを見ていた。
「一々気にするな、こういうやつだ…それと」
手にしたシャケおにぎりのフィルムを剥がしながら黒ちゃんが口を開く。
「___こいつを、新入りのお前が“あんた”って呼ぶのやめろ。夢明は俺達の大事な姫だ…軽々しく扱うのは許さない」
ピシリとその場の空気の流れが変わった。
黒ちゃんを取りまく圧が、きぃ君に向かう。
それは紫君も、しろしろも、ちゃー君も発している刺々しいものだった。
「っ……は、はい…すみません、でした……」
きぃ君が冷や汗をかきながら押し黙る。
黒ちゃんの細められた視線が、きぃ君をとらえるた。
まるで威嚇する猫みたい。
私はお弁当箱を床に並べながら声を出した。
「そういえば、今日は何か報告ないの?」
助け船ってわけじゃないけど、私達は毎日ここで報告という名の話し合いをしている。
そのことを切り出すと空気は再び和やかなものに変わった。
「報告ってほどじゃないけどー」
ちゃー君が口に棒つきキャンディーをくわえながら手を上げる。
「この前やり合った不良達いるじゃん?ほら、ゲーセン前でウチの女子生徒に絡んでたやつら」
「いたねぇ、あの子達かわいかったー」
私が連絡先を渡した1年生の女の子達だ。
ちなみに連絡はまだきていない。
あたりまえか。
「めっちゃニヤつくじゃん。リーダーは女好きだもんねー、この前も___」
「育人、報告」
黒ちゃんに促され、ちゃー君が「あー、はいはい」と面倒くさそうにキャンディーをかじった。
「そいつらなんだけど、なんかチームに入ったっぽいんだよね…そのチームが近頃、周りで殺傷事件起こしてたりしてて、面倒そうって報告」
「…それ、確かか?」
「あれ、黒石君てば疑っちゃう?ボクのこと」
「いや、聞いてみただけだ…だがそれが本当なら、こちらに恨みがあると面倒だな」
「そういうやつらは頭に血が上りやすいから、敵になると処理が大変だよね」
黒ちゃんと紫君がため息をもらす。
情報収集役のちゃー君が言うなら、確かな情報なんだろう。
「じゃあ、復讐とかで刺されたりしないように気をつけよー!ってことでこの話はおーわり」
『了解』
皆が頷いて、食事を始める。
そんな中、私の言葉にきぃ君だけが何かを言いたげに見つめていた。
***
「…迎えにきました、リーダー。アジトに向かいましょう」
放課後。
私の教室に現れたのは、仏頂面のきぃ君だった。
「あれ、他の皆は?」
「付近のパトロールも兼ねて、先にアジトに向かわれました…俺達も急ぎましょう」
「おぉそっか、んじゃ行きましょう~」
私は鞄を手に、教室を出る。
きぃ君はふてくされた様子で私の後についてきた。
学校を出て、町に出る。
徒歩10分圏内の商店街にさしかかったとき、私は背後にいるきぃ君に声をかけた。
「ねぇ、きぃ君は私が嫌いみたいだけど、なんで?」
「………それ、は……」
きぃ君は一瞬だけ迷って、言葉を続けた。
「だってリーダーは…“お飾り”のリーダーじゃないですか」
「ふむ、お飾りねぇ」
ムスッとした、機嫌の悪そうな声だ。
相当私のこと、気に入らないらしい。
スキップ交じりに裏路地へ入る。
えたいの知れない不良が多いからって黒ちゃん達からは止められてるけど、ここはアジトへの近道だ。
それに今日はきぃ君以外いないから、通ってもバレないだろう。
後に引けなくなったのか、きぃ君が続ける。
「元々、気に入らないんですよ…!女で弱いくせに、チームの総長の地位にいるし…どうせ黒石さん達からチヤホヤされたいからでしょう!」
チヤホヤねぇ。
私がクスクスと笑うと、きぃ君は怒ったように続けた。
「勘違いすんな!ただ見た目が良いからそばに置かれてるだけのあんたなんて、強さも兼ね備えた女子が現れたらすぐに___」
おおっと、そこまで言っちゃう?
さすがの私も怒っちゃうぞ。
いや、誰も見てないし…少し分からせちゃう?
そう思ってきぃ君を振り返る。
うつむいて拳を震わせるきぃ君の背後に、人影が見えた。
その手にキラリと光る物が握られているのを見て、私は走った。
「___危ないっ!!」
手を伸ばし、彼を突き飛ばす。
「___死ねっ、ノーネーム!!」
男の子が持つナイフの刃先が、私へ向かってきた。
私は息を吸い込む。
そして___。
ナイフを持つ男の子の手を狙って、回し蹴りをした。
「ぅ、ぐっ……!?」
弾かれて宙に舞うナイフ。
「___は…え?」
驚くきぃ君の無事を横目で確認。
軸足を入れ替えて___男の子のアゴを思いきり蹴り上げた。
数センチ浮かび上がり、後方に吹き飛ぶ男の子。
ナイフが地面に落ちると同時に男の子も地面に伏せる。
そして彼はガクリと気を失った。
「は……?」
背後から気が抜けたようなきぃ君の声がした後、別の声も聞こえてきた。
「…黄谷だったか、お前。…これで納得できそうか?夢明が総長に君臨してること」
「く、黒石さん…!なんで…え?アジトに向かわれたんじゃ…」
「お前の上着、育人が付けた小型盗聴器がヒントだな」
「え、盗聴器……!?」
気絶して動かないナイフの男の子を指先でつつきながら、私は聴き耳を立てる。
ちゃー君達は新入りであるきぃ君のことすらも疑っていたみたいだ。
それだけ昼休みに言っていた例のやつらは面倒な動きをしているんだろう。
それで学校にもその手下がいるかもと思った。
まぁ、きぃ君は私が気に入らないだけで、その件とは無実みたいだけど。
…それにしても盗聴器は過保護ではないかな?
私はそこまで弱くないって知ってるだろうにね。
再び男の子の頭をつつく。
「黒ちゃん、この男の子どうする?処す?」
「どこでそんな言葉覚えてきた。…もう処されてるだろ、お前に…そいつは叫に運んでもらう」
なるほど、力持ちのしろしろなら楽勝だろう。
私はその場でくるりと振り返った。
腰を抜かした様子のきぃ君と、きぃ君に手を貸して起き上がらせようとする黒ちゃんが目に入る。
パタパタと服のホコリを払い除け、笑った。
「お待たせ~、それじゃ、アジトに行こうか?」
そんな私を見て、立ち上がったきぃ君が告げる。
「…ね…姐さんと呼ばせてください……!!!」
きぃ君の目はキラキラと輝いていた。



