悪意を香る調香師は、氷の社長に溺愛される

二週間後。業界パーティーに夫婦で出席することになった。
高級ホテルのボールルーム。華やかなドレスを着た私の隣で、蓮はいつも通り無表情だった。
「久しぶりだね、澪」
突然、背後から声がした。全身が凍りついた。
振り返ると、西園寺巧が立っていた。
中性的な美貌。ウェーブのかかった茶髪。猫のような細い目。
「一条社長、初めまして。サイオンの西園寺です。実は澪さんとは旧知の仲で」
私から今まで嗅いだことのない濃密な悪意の匂い。腐った花と血と硫黄。
「相変わらず、いい匂いがするね」
彼が耳元で囁く。
「君の才能を一番理解しているのは僕だよ」
記憶が蘇る。
調香学校時代、優しかった西園寺。次第に独占欲を見せ始め、「君の能力は特別だ。世間は理解しない。僕だけが守れる」と囲い込まれた。
半ば監禁状態で調香を強要され、最後には「気持ち悪い化け物」と吐き捨てられ、処方を盗まれて捨てられた。
過呼吸になる。周囲の視線と悪意が一気に押し寄せる。
その場に倒れ込みそうになった時、蓮が私を抱き上げた。
「澪、俺だ。目を開けろ」
西園寺に向かって。
「私の妻に、その汚い息を吐きかけるな」
「おや、随分とお熱いですね。でも彼女の本質を、あなたは知らないでしょう?」
蓮は無視して私を連れ出した。

車の中。私は震えながら全てを打ち明けた。
悪意が匂いとして嗅げること。それを香水に変換する能力。西園寺に利用され、捨てられたこと。
「私は化け物です。だから契約が終わったら、離れてください」
蓮は私の頭を抱き寄せた。
「馬鹿を言うな」
「お前の能力は誰かを傷つけるためのものじゃない。醜いものを美しく変える錬金術だ」
「それに……お前が化け物なら、俺も同じだ」
彼は自身の絶対嗅覚について語った。
「幼い頃から人の嘘や欲望の匂いが分かった。だから人間が嫌いになった」
「でもお前は違った。お前の周りだけ、嘘も欲望もない。ただ透明な静けさがあった」
「だから手放したくない」
「それは私を道具として……?」
「分からない。でもお前がいないと俺は眠れない。それだけは確かだ」
その夜、私たちは初めて対等な存在として抱き合って眠った。
でも西園寺は諦めていなかった。