悪意を香る調香師は、氷の社長に溺愛される

その夜、私は蓮のタワーマンション四十五階に連れてこられた。
3LDKの広大な空間。与えられた部屋は主寝室――蓮と同じ部屋だった。
「あの、別室では……」
「契約書に同室と書いてある。お前の香りがないと眠れない」
ベッドに座る蓮。私は距離を取ったが、彼が背後から抱きしめてきた。
「な、何を……」
「動くな。お前の匂いを吸わせろ」
彼は私の髪に顔を埋める。私は硬直したまま、彼の呼吸が次第に穏やかになるのを感じた。
蓮の寝顔。冷酷な表情が消え、まるで少年のように無防備だった。
この人も、孤独なんだ。
翌朝、マンションの一室が調香工房に改装されていた。高価な香料と器具が揃えられている。
「これで好きなだけ作れ」
蓮は無表情で言った。でもこれは、彼なりの優しさなのかもしれない。
その夜、私は蓮のために「安眠の香水『Silence』」を調合した。
トップノートはカモミールの穏やかさ。ミドルにラベンダーの鎮静。ラストにサンダルウッドの深い静寂。
「試してください」
蓮がムエットに鼻を近づける。長い沈黙。
「……ありがとう」
彼が感謝の言葉を口にした。私は驚いた。
この冷徹な男が、お礼を言った。
その夜、蓮は八時間眠り続けた。