夢宮 ーある少女の悪夢晴祓録ー

 大して重くはないはずの扉をなんとか開くと、ギギ、と軋んだ音がした。


 ソファーに腰かけていた女性が、その音で振り返る。


「あら、夕芽ちゃん。おかえりなさい」
「……おかあさん」


 すぐに私の方に駆け寄って、にっこりとその人は微笑む。

 何度も断ったけど、結局は鞄を持ってくれた。


 …そんなこと、してくれなくていいのに。



 私が、ただいまを言わないせいだろうか。


 昔は両親が共働きで忙しくて、家に誰もいないことがほとんどだったから。

 いつからか、いや、初めから、私はただいまが言えなかった。




 ……私の家なんて、ここしかないのに。



 でも、たぶん心のどこかで求めている。

 古びたアパートと、支え合ってもなお苦しい生活を。


 ひとりきりの寂しい部屋で、おかえりを言うためだけに夜遅くまで待ち続ける日々を。


「今日の晩御飯、何がいいかしら?」
「私、おかあさんの食べたいものがいいな」
「それじゃあ、夕芽ちゃんの好きなものが作れないじゃない」

 その人の言葉に、ふるふると首を振った。


 気なんて遣わないで欲しいのに。

 おかあさんの得意料理が食べてみたいのに。



 どうにも、上手くいかない。

 普通が、出来ない。


 やり方が分からない。



 外から見れば、おかあさんも私も、無理をしているように見えるのだろうか。


 さっきの悪夢は血の味がしたから、今はどんなものだって美味しく食べられる気がする。



 レトルトのカレーを1人で食べる寂しさだって。

 家族みんなで囲む食卓の静寂だって。



 どんな料理も、私にとってはご馳走だ。