夢宮 ーある少女の悪夢晴祓録ー

「本当にありがとう、夕芽ちゃん!」
「はい」

 
 置いて行かれるような気持ちで、ミサキさんに手を振る。

 強い風が吹くと、神社を包む結界のせいか、その姿が見えなくなった。


「──これを、奉納しなきゃ」
 

 悪夢を書き殴った和紙を、そっと手に取った。



 ここに書いてある文字を読み取れるのは、夢宮だけ。


 普通の人には、ただの真っ黒な紙にしか見えないのだと言う。


 文字が読めるようになった頃には、この紙の中身を読み取れていた私は天性の夢宮…らしい。


 これが、大切な人を守ることしか出来ないような力ならば、どれほど良かったか。


 御伽話だったら良かったのに。



 
 真っ黒な和紙を小さく折り畳んで、別の白い紙で包む。

 そして本殿にある漆の箱の中に、それを入れた。


 指先から、じんわりと悪夢の味が伝わってくる。



 ……お願い。

 眩しいくらいの笑みを向けてくれた、あの人の悪夢を美味しくなんて感じたくない。


 いつもそうするように、そっと祈る。
 仮にも私は宮司の娘のくせに、それを願う相手は分からないけど。


「にがっ…」


 口いっぱいに、逃げ出しそうなほどの苦味が広がる。


 ……鉄の味だ。

 
 
 ぎゅっと握りしめた拳に滲む、血の味。

 昔はこの味が苦手だったけど、今はひどく安心する。



 良かった、ちゃんと不味い。

 私にも、まだそう感じるだけの心が残っていた。


 
 人間だ。
 だって私は、人間として生まれたんだから。


 誰かを救えたことよりも、そのことへの安堵感が強く残っていた。