夢宮 ーある少女の悪夢晴祓録ー

「…夢乃」
「兄さんは、悪くないんです」
「うん」


 湊先輩が、おもむろに私の名前を呼んだ。


 仮名を知る人に本当の名前で呼ばれるなんて、何年ぶりだろう。



 少しだけ、体を湊先輩の方に寄せる。

  
「でも、兄さんは……有罪になって」
  

 そして、獄中で亡くなった。


 捕まってから死ぬまでの期間に、私が兄さんと会えたことはなかった。



 だから、私が1番最後に見た兄さんの姿は、いつもぼやけている。

 朝早い時間でまだ眠たかったし、その背中を覚えておこうと思わなかったから。


 
 
 …日本人は、忘れる生き物だ。

 
 自分の日常にないもののことなんか、記憶から消してしまう。



 胸の奥でうごめく傷さえ、隣にいたはずの存在さえ、過去のものにされていく。


 兄さんは、私以外の人間の「日々」の中から居なくなった。


 そのことすら、いつしか忘れられていった。