シンデレラは午後8時にヒールを折る

「……すごいな。時間帯や地域まで狙い撃ちなのか」
「クリック率が上がるようにいろいろ工夫しているのよ」
「気を引く言葉は悪くない……でも」
 悠斗はあるページを開きながら、トントンと指を差した。

「俺はきっとここで離脱する」
「どうして?」
 悠斗は資料をテーブルに戻すと、壁際のパソコンのマウスを動かす。
 すぐに大きなモニタの画面が開き、綾香にはわからないプログラム文字が並ぶ画面が見えた。

「プログラムは効率がいい書き方をすれば処理速度が上がる。だが、プログラム自体は改行やコメントを入れて読みやすくしているんだ」
 悠斗が見せてくれた画面は、確かに文字は詰まっていない。
 適度な空白や色が違う文字があり、どちらかといえばスカスカだ。

「その資料、無駄がなさ過ぎて怖い」
「怖い?」
「悪い言い方をするなら、『さぁ、押せ!』と脅迫されているような気になる」
 無駄がなさすぎ……?
 綾香はもう一度資料を見返す。

「私の焦りがそのままデザインに……?」
 悠斗が見せてくれたプログラムに比べれば、ギュッとコンパクトにまとめられた画面。
 余計な文字はなく、誘導されて辿り着き、ここが最後のワンクリック。

「スムーズすぎて怖い……?」
 上司が言った『分析は完璧だが、君の企画には温かさがない』というのはそういうこと?

「コンセプトが弱いって言われたの」
 どういう意味か分かる? と尋ねた綾香に、悠斗はあっさりと答えた。

「自分向けじゃないからだろうな」
「でもさっきは狙い撃ちだって」
「これは、東京在住、20~30歳独身男性でジムに興味がある人だったら誰でもいいという感じだ」
 悠斗はテーブルの上の資料から最後のワンクリックの手前の画面を指差した。

「ターゲット顧客が『これはまさに自分のためのものだ!』と思う一言が欲しい」
「自分のため?」
「たとえば『デスクワークばかりじゃ運動不足』とか、『Tシャツを格好良く着こなしたい』とか」
 綾香は自分の資料をジッと見つめる。

 駅近に通えるジムがある。月々いくらでお手軽。1ヶ月に何回、何時間通ってもいい。
 メリットばかりを並べ、具体的な目的が書かれていない。

「そういうことだったの……」
 やっとわかったと綾香は肩を落とした。