【本編】きみの春に、溶けていく

街の方の病院までは歩いて片道1時間くらい。
着いた頃には二人とも汗をかいていたけれど、病院の中に入ると、今度はクーラーで涼しすぎるくらいだった。

「ふぇっ……クチュンッ!」

「え、今のくしゃみ朔?」

「だからなんだよ?」

「アハハッ。可愛すぎる。くふふ……あぁもうお腹痛い。なにそれアハハッ」

「笑い過ぎだろ」

受付のお姉さんに睨まれて、私たちは静かになる。
黙って診察券を出す。
そして待合室の椅子に座る。
朔と私が座るとギシィって音がした。

「やぁ、灯さん。そして君が朔くんかな。よく来たね」

診察に呼ばれて、部屋に入ると先生はとても穏やかな様子で私たちに話しかけてくれる。

「突然来てすみません。どうしても灯のことで聞きたいことがあって」

「大丈夫だよ。まずは灯さん。経過は順調そうだね。今日もいつもの薬を出しておくからね」

「はい。よろしくお願いいたします」

「そして朔くんの前だけど、今日は灯さんのことを話してもいいかな?」

「はい、大丈夫です」

「朔くん、灯さんのことだけど、今は1日分の記憶のほとんどを翌日には失っている状態にあります。ある程度の日常生活に必要なことは、ノートに書いたりして覚えているのは知ってるかな?」

「はい、そこまでは灯から聞いてます。記憶をなくす治療を始める前に、灯は言ったんです。一時的に思い出せなくなるけれど、いつかは普通になれるって。先生、普通ってなんですか。灯の記憶はいつ戻るんですか!」

朔は少し興奮したように、椅子から立ち上がった。
先生は優しく諭すように、手を前に出して朔を落ち着かせてから座らせる。

「結論から言おうと思うんだけどね。私は灯さんに記憶を失わせるような治療は何もしてない。例えば記憶を消すような薬を飲ませたり、催眠術をかけたりね」

「ーーえ?」

「私が処方してるのは、思考を少しだけ穏やかにする薬だけだよ。誰にでも処方する。特別な薬や治療じゃない」

「じゃあなんで、灯は、灯は! 全部忘れてしまうんです!?」

「それはね。灯さんの心の真ん中に、いつも君が居たから」

「僕のせいーー?」

先生は静かに首を横に振った。