【本編】きみの春に、溶けていく

夏休みになった。
朔は柔道ではインターハイに出場し準優勝をして、模試では数学と理科で何と満点を取ったらしい。

「朔じゃなくて、これからは東大A判定さんって呼ぼうかな?」

「なんでそこだけ覚えてるんだよ」

「これだけ女子が毎日キャーキャーしてたら覚えるっていうか、刻まれるレベル?」

「なにそれ? うけるな(笑)」

相変わらず私の記憶は戻らなくて、なにか覚えたとしても次の日にはぼんやりしている。
勉強だけはノートをとってるから、なんとかやってるけど。
朔のいる高みには到底及びもつかない。

「将来は官僚? 弁護士? 医者?」

私に唯一残った記憶らしきもの。
朔が宇宙飛行士になりたいという夢はあえて触れずに聞いた。

「さあ、僕は何にでもなれるからな」

「うわぁ余裕しゃくしゃく〜」

「ハハッ、ねぇ、灯は何か決めてる?」

「うーん。まだなんにも。春の進路調査票は適当に書いた。でもあまりにも適当だから担任に夏休み明けまでにはもう少し具体的に方向性決めてこいって言われたよ」

私は朔の目の前で真っ白なままの進路調査票を振り回した。
朔は何かを真剣に考えてるように見えた。

「灯、先生はなんて言ってる?」

「先生って精神科の?」

「そう。もし灯が嫌じゃなかったら、今度一緒に話を聞きに行ってもいい? 友達として、灯との接し方とかもっとちゃんと知りたいんだ」

「う、うん。いいよ」

朔が友達として、そう言った瞬間、胸がズキンと痛んだ。
分かってる。
周りがどう思ってても、私たちは今はもう終わった関係。
だって、私は朔との記憶なんにも持ってない。

私たちの間には、確かに時間が流れてるのに。
夏はどこまでも暑いだけで、明日になったらこの暑ささえも全部忘れてしまう。