始業式と進路希望表が配られて、その日は午前中で解散になった。
栞と帰ろうと思ったけれど、どうしても朔に聞きたいことがあったから、私は自分から朔のところに行った。

「朔、一緒に帰ろ」

「あぁ、いいよ」

女子たちは眉をひそめてヒソヒソ話してる。
すごく嫌な感じだけど、私にも私の事情がある。

「あの子、朔くんと付き合ってたらしいよ」

「え、普通にブスじゃん」

そうやってみんな、自分は安全なところから噂話ばかり。
そんなに私が邪魔なら、あなた達が奪っていけばいいのに。
行動もしないくせに口ばっかり、とつい悪態ついてしまった。
カバンを持つ手に力が入った。

「朔は部活とか、ないの?」

「柔道のこと?」

「柔道やってるんだ」

「うん。もう10年になるかな。部活なら明日からだよ」

「そっか」

玄関で靴を履き替える。
同じクラスだから、隣で履き替える朔がいる。
そんな当たり前の景色を見てたら、なぜか涙が出てきた。

「……グスッ」

「お、おい、どうしたんだよ。灯」

「分かんないっ……でも、嬉しくて、悲しいの。朔、なんでこのクラスなの?」

「僕が灯と別々のクラスは嫌だったから」

真面目な顔で返す、朔の低い声。
下駄箱に舞うホコリが太陽で朔を照らしてて、綺麗だった。

「でも、きっと無理してる。朔は特進行くはずだったんでしょ。なのに私のためにわざとレベルを落とした。分かるの。覚えてなくてもちゃんと」

覚えていなくてもここが教えてくれる。
これはきっともう1人の私の声。
だから泣きながら伝えた。

「灯が辛い時にそばにいなかったら、僕が生きている意味なんてない。それにどんな形でもどんな場所でもきっと自分の夢は叶えるよ」

宇宙飛行士ーーちゃんと、叶えられるの?
私のこと、重荷じゃないの?

「朔は何にでもなれる、病気の私なんかがいたら邪魔になるよ……」

「僕が夢を叶えたいと思うのは、灯がいるから。それに灯は病気なんかじゃない。確かにその消えた記憶は僕にとってとてもとても誇らしくて。胸があたたかくてなってたまに苦しくて……それでも僕を生きてる意味をすべて包んでくれるプレゼントみたいに大切なものだった」

「朔……」

「だからそばにいる。僕はこの1年、ずっときみのそばで、きみを守る」

私の病気も、
私の消えた記憶も、
全部、無意味じゃないって言ってくれた。
こんなに幸せなことがあるの?

「ありがとう。約束する、私も心からきみのそばにいたい」

そっと触れた指先に、朔の熱を感じる。
今はまだ冷たく苦しくても、必ずまた春はやってくる。
こうしてきみが、ゆっくりと溶かしてくれる。