ぷくーとほっぺたを膨らましてると、朔は膨らんだほっぺたを指で差してきた。
プッと馬鹿みたいな音が出た。
思わず朔を睨みつける。

「何、すねてんだよぉ」

「だって朔のことを頑張って思い出そうとしてるのに」

「ーーいいんだよ。灯は灯のスピードでゆっくり進んでいけばいい」

「でも」

多分、朔は隠してる。
本当はすごくすごく傷付いてる。
悲しくさせてる。

すると、朔はジャンプして空中で手をパチンとした。

「僕はこれでいい」

朔がゆっくりと両手をひらいたら、その手のひらの上に桜が2枚乗っていて。
まるで、朔と私が並んでるみたいで。

「こうしてまた春を灯と過ごせるだけでいい」

「……わ、私」

私もそうだよ。
私も嬉しいよ。
そう伝えたいのに。

「いいんだよ、灯」

「……ごめんね」

記憶を失った私はあまりにもちっぽけで、薄っぺらくて、朔がくれた言葉の重みに、報いることができない。
それなのに、胸の奥にいるもう1人の私が叫ぶ。

「寂しい……置いていかないで」

朔はすぐに抱きしめてくれる。
そんなの普通は嫌なはずなのに、全然嫌じゃなかった。

「また春が来たね、灯」

「うん……」

「大好きだ、離したくない。伝わらなくてもいい、忘れていてもいい」

「うん……」

「ただこうして抱きしめていてもいい?」

「うん……朔」

「ごめんね、ならもう要らないよ」

なら、私に言える精一杯の気持ち。
笑顔で伝えるから。

「ありがとう」