次の日、凛は悠真と秘密基地で会った。
最後の日だと、凛は感じていた。
もう、戻らなければいけない。
「凛ちゃん」
悠真が、ポケットから何かを取り出した。
小さな貝殻。
白くて、きれいな貝殻。
以前、秘密基地で見せてくれた、あの貝殻だ。
「これ、凛ちゃんにあげる」
悠真は、貝殻を凛に差し出した。
凛は、驚いた。
「でも、これ、悠真くんの宝物じゃ……」
「うん。だから、凛ちゃんにあげるんだ」
悠真は、真剣な顔で言った。
「凛ちゃんは、特別だから」
凛は、貝殻を受け取った。
手のひらに乗る、小さな貝殻。
光にかざすと、虹色に光る。
「僕、思ったんだ」
悠真は、凛を見つめた。
「凛ちゃんなら、未来で何かできると思うから」
凛は、胸が詰まった。
「僕を救ってくれるって、信じてる」
悠真は、笑顔で言った。
「だから、この貝殻、お守りにして」
凛は、貝殻を握りしめた。
涙が、溢れてきた。
「ありがとう……」
凛の声は、震えていた。
「凛ちゃん、泣いてるの?」
悠真が、心配そうに凛の顔を覗き込んだ。
凛は、涙を拭いた。
「ううん。嬉しくて、泣いちゃっただけ」
凛は、笑顔を作った。
「こんな大切なもの、もらっちゃって」
悠真は、安心したように笑った。
「大事にしてね」
「うん」
凛は、貝殻を胸に抱いた。
「絶対、守る。約束する」
悠真は、首を傾げた。
「守るって?」
「この貝殻を、大事にするってこと」
凛は、誤魔化すように言った。
でも、心の中では、別の約束をしていた。
あなたを守る。
あなたの未来を守る。
この貝殻とともに、その約束を守る。
「凛ちゃん」
悠真が、また話しかけた。
「ずっと、友達でいてくれる?」
凛は、頷いた。
「うん。ずっと、友達だよ」
悠真は、嬉しそうに笑った。
「よかった」
凛は、悠真を抱きしめた。
「ありがとう、悠真くん」
「どういたしまして」
悠真も、凛を抱き返した。
凛は、目を閉じた。
この温もりを、忘れない。
この優しさを、忘れない。
必ず、あなたを救う。
凛は、心に誓った。

凛は、悠真と秘密基地を出た。
もう、時間だ。
戻らなければいけない。
「じゃあ、また明日ね」
悠真が、笑顔で言った。
凛は、何も言えなかった。
明日は、ない。
もう、会えない。
「凛ちゃん?」
悠真が、不思議そうに凛を見た。
凛は、笑顔を作った。
「うん。また明日」
嘘だ。
でも、そう言うしかない。
「バイバイ」
悠真は、手を振った。
凛も、手を振った。
悠真は、走って行った。
その背中が、だんだん小さくなっていく。
凛は、涙が溢れてくるのを感じた。
止められない。
涙が、頬を伝う。
「さよなら……」
凛は、小さく呟いた。
悠真には、聞こえない。
でも、凛は言った。
「さよなら、悠真くん」
悠真の姿が、見えなくなった。
凛は、その場にしゃがみ込んだ。
貝殻を握りしめる。
涙が、止まらない。
別れたくない。
でも、戻らなきゃいけない。
凛は、立ち上がった。
涙を拭く。
家に帰ろう。
現代に、戻ろう。
凛は、歩き始めた。
夕日が、凛を照らしている。
茜色の光。
凛の影が、長く伸びている。
凛は、空を見上げた。
悠真、ありがとう。
心の中で、呟いた。
あなたのこと、絶対に忘れない。
そして、必ず救う。
約束は、守る。
凛は、前を向いた。
家が、見えてきた。
あそこに、戻る方法があるはずだ。
凛は、家に向かって歩いた。
貝殻を握りしめたまま。
涙は、もう止まっていた。
でも、心の中には、悠真への想いが溢れていた。
さよなら。
でも、これは終わりじゃない。
始まりなんだ。
あなたを救うための、始まり。
凛は、そう自分に言い聞かせた。

凛は、家に着いた。
子供の頃の家。
玄関を開けて、中に入る。
誰もいない。
静かだ。
凛は、自分の部屋に向かった。
ドアを開ける。
部屋の中を見渡す。
小さな机。
本棚。
ぬいぐるみ。
そして、机の引き出し。
凛は、その引き出しを見つめた。
引き出しが、光っている。
淡い光。
でも、確かに光っている。
「戻る時が来た……」
凛は、呟いた。
心の準備は、できている。
凛は、机に近づいた。
引き出しの前に、しゃがむ。
手を伸ばす。
でも、一瞬、躊躇した。
本当に、戻っていいのか。
悠真と、もう会えなくなる。
この幸せな時間が、終わる。
凛は、目を閉じた。
悠真の顔が、浮かぶ。
笑顔。
優しい目。
「凛ちゃんなら、未来で何かできると思うから」
悠真の言葉が、耳に響く。
凛は、目を開けた。
迷ってる場合じゃない。
悠真を救うために、戻るんだ。
凛は、引き出しに手をかけた。
ゆっくりと、引く。
引き出しが、開いていく。
その瞬間、眩い光が溢れ出た。
凛は、目を細めた。
まぶしい。
光が、部屋中に広がる。
凛の体が、浮いた。
また、あの感覚。
重力がなくなる。
光に、吸い込まれていく。
凛は、悠真の顔を思い浮かべた。
ありがとう。
さよなら。
でも、また会おう。
未来で、会おう。
凛の体は、完全に光に包まれた。
そして、視界が真っ白になった。

凛は、目を開けた。
天井が見える。
白い天井。
自分の部屋の天井だ。
凛は、体を起こした。
大人の体。
手を見る。
大きな手。
子供の手じゃない。
凛は、部屋を見回した。
自分の部屋。
ワンルームマンション。
現代に、戻ってきた。
凛は、立ち上がった。
机を見る。
引き出しは、普通の引き出しだ。
光っていない。
凛は、カレンダーを見た。
1週間後の日付。
本当に、1週間経っている。
凛は、スマホを手に取った。
画面を点ける。
通知が、たくさん入っている。
メールを開く。
差出人不明のメール。
件名:「業務引き継ぎ」
凛は、そのメールを開いた。
「1週間の代理業務、無事完了しました。以下、引き継ぎ事項です」
本文の下には、詳細な業務報告が記載されている。
「月曜日:出社。メールチェック。営業部との会議」
「火曜日:SNSモニタリング。批判コメントへの対応完了」
「水曜日:田中部長との面談。次回プロモーション企画について協議」
全部、完璧だ。
まるで、本当に凛が働いていたかのように。
凛は、さらにスクロールした。
「木曜日:記者会見準備。資料作成」
「金曜日:記者会見実施。無事終了。田中部長より高評価」
凛は、息を呑んだ。
記者会見も、やってくれたのか。
「土曜日・日曜日:休日。十分な休養を取りました」
「本日より、通常業務に復帰可能です。お疲れ様でした」
凛は、スマホを置いた。
信じられない。
本当に、誰かが代わりに働いていたんだ。
凛は、ソファに座った。
頭の中が、混乱している。
過去に行った。
悠真に会った。
そして、戻ってきた。
全部、本当だったんだ。
凛は、ポケットに手を入れた。
何か、硬いものが触れる。
取り出してみる。
貝殻。
悠真がくれた、貝殻。
凛は、貝殻を見つめた。
光にかざすと、虹色に光る。
これは、夢じゃない。
本当に、あったことなんだ。
凛は、貝殻を握りしめた。
悠真。
私、戻ってきたよ。
約束、守るから。

凛は、立ち上がった。
洗面所に向かう。
鏡の前に立つ。
鏡に映る自分。
大人の顔。
疲れた顔。
でも、目には、強い意志が宿っている。
凛は、貝殻を握りしめた。
「悠真を救う」
凛は、鏡に映る自分に向かって言った。
「もう、引き返せない」
凛の声は、はっきりしていた。
迷いは、ない。
「あの報告書のこと、ちゃんと調べる」
凛は、さらに続けた。
「メディアジールの副作用を、明らかにする」
凛の目に、強い光が宿った。
決意の光。
「会社と戦ってでも、真実を明らかにする」
凛は、貝殻を胸に当てた。
「約束は、守る」
凛は、深呼吸をした。
もう、戻れない。
第一のドアウェイを、通過した。
これからは、前に進むだけ。
悠真を救うために。
真実を明らかにするために。
凛は、鏡から目を離した。
部屋に戻り、スマホを手に取る。
明日から、また会社に行く。
でも、もう以前の凛じゃない。
戦う覚悟ができた、凛だ。
凛は、貝殻をそっと机の上に置いた。
この貝殻が、凛の支えになる。
悠真との約束の証。
凛は、窓の外を見た。
夜の街。
街灯が、点々と光っている。
凛は、静かに微笑んだ。
始まるんだ。
今から。