第二道場の入口にはすでに人だかりができていて、入れる状況ではなかった。
「何あのイケメン!」
「剣道部にいた!?」
「新入り? 黒髪王子じゃん!」
入り口の先輩&後輩&同級生の女子たちが、道場内に熱い視線を送っている。
やっぱり……と心の中で納得する。
「裏に回ろう」と縄文くんと平安くんに声をかけて、道場の裏に移動する。
私は1年のときから園芸委員で、道場裏の花壇の水やりをすることがあった。
道場の裏側は誰も来ない静かな場所で、「メーン!」「ドー」などの剣道部のかけ声が聞こえてくるだけ。
道場には、風を通すための窓が下の方についているから、そこから覗けば、中の状況がわかるかもしれない…。
道場の裏側につくと、私がしゃがんだのを真似して縄文くん、平安くんもしゃがむ。
やっぱり…下の窓から中の様子が見られそうだ。
「垣間見(かいまみ)ですか」
平安くんがコソッと私の耳元でささやく。
「垣間見は、男性が女性をこっそり見ることでしょ。今日はその逆だね」
平安くんは、女子剣道部員を見るなら垣間見になるかもしれないけど…とどうでもいいことを思いながら中の様子を伺う。
剣道部の部員たちが輪になって、中央にいる人に声をかけているようだ。
前髪が長くて目を隠しているし、それに視力があまりよくないからな…。
うーん、部員たちとは距離があって、遠くて声が聞き取れない…。
耳を済まそうとすると、縄文くんが口を開いた。
「中央にいるのは鎌倉だな」
え、縄文くん見えるの。
視力良すぎない?
「鎌倉くんが集団リンチですか!?」
平安くんが身を乗り出して道場内を覗き込む。
な、なんと。
何も見えないけど…り、リンチ!?
「いや、違う。あ、あれは…」
「え? 何?」
「完全に勧誘されてるな」
へ?
どういうこと?
「勧誘? 何に?」
「剣道部にだ!」
や、やっぱりそうか。
剣道部は鎌倉くんに部員になって欲しいと必死ってことか。
そりゃ、鎌倉武士だもん。
鎌倉くんが剣道部に入部したら、チーム全体がとてつもなく強くなる。
強さで言えば、鎌倉くんの右に出るものはいないだろうから。
っと、その前に!
ちょ、ちょっと、会話まで聞こえてたの…!?
縄文人、恐るべし。
「今朝の鎌倉くんとのことを、あの1年生が3年生に話したんでしょうね…」
てか、平安くんも納得しないで。
目の良さと耳の良さをスルーすな。
いやいや、私こそ突っ込んでる場合じゃない!
鎌倉くんを助けなきゃ。
「鎌倉くん、困ってるよね…どうにかして助けてあげないと」
下の窓から「あのーすみませんー」と声をかける。
私の声は聞こえていない様子…。
部員たちは真剣に鎌倉くんを勧誘しているんだろうな。
シルエットで明らかに「頼む」というポーズをしている人と「どうにか入部を」と手をすりすりする人だとわかるくらいには…見えているけど…。
「すみません!!!」
大きな声でもう一度、呼びかける。
すると、ひとりだけ気づいてこちらを振り向いた。
顔は識別できないけど、そのひとりがこちらに駆け寄ってくるのがわかる。
「美琴?」
その声を聞いてハッとする。
そうじゃん。
剣道部には令(れい)がいた!
近くまで来てくれたその人が、やっぱり令だとわかってホッとする。
和令(なごみ・れい)は、隣の家に住む幼馴染。
小さい時から剣道をやっていて、中3になった今も剣道を続けている。
もちろん、剣道部所属だ。
中高一貫の強豪校から小6のときにオファーをもらっていたけど、県外だから遠いという理由で断っていた。
オファーなんて、とても光栄なことなのに、遠いってだけでなんで断っちゃったのかなと今でも疑問だけど。
私にはそんな特技なんてない。
だから、周りと同じように近所の公立中学に入学すると決まっていた。
1学年上の令がオファーを断り、近所の公立中学にいくと決めたと聞いて、「私も1年後、令と同じ学校に通えるんだ」と嬉しくなったけど。
令は本当によかったのだろうか。
令は過保護なところがあって、朝練がない日と部活がない放課後は「美琴が心配だから」と一緒に登下校をしてくれている。
「令…ごめん、大きな声出して」
「ははは、美琴、あんなにおっきな声出せるんだね。聞いたことある声なのにこの音量は?って驚いたよ」
令はいつも通りやさしく声をかけてくれた。
「そうだよね、私もあのボリュームの声出せるんだって自分に驚いてる」
たしかに、こんな大声出したのは生まれて初めてかもしれない。
「どうしたの? 何かあった? 今ちょっと取り込み中で…」
令が不安げな表情でこちらを見る。
そ、そうだ。
ちゃんと話さないと…。
「鎌倉くんなんだけどね、えっと、その、何からしゃべっていいか」
落ち着いて話さないと。
鎌倉くんを助けられるのは私だけなんだから。
「美琴? そんな慌ててどうしたの? 落ち着いて。今そっちいくよ」
「下の窓からだと会話しにくい」と令はこちらに来てくれようとしている。
でも、なんて話すの?
ゲームの中の時代くんたちがこの世界に来ていて、今朝からうちに住んでいて…。
なんて言えない。
令は、本当とのことを話して理解してくれるだろうか。
そりゃ、令は優しいし、私の話はいつも最後まで聞いてくれる。
嫌な思いをしたときは「大変だったね」と寄り添ってくれるし、良いことがあったら「すごいね」と褒めてくれた。
でも、いきなりゲームの中の人たちがこの世界に来ているなんて…。
信じては…くれないだろう。
「…わざわざこっちに来なくて、いいから。か、鎌倉くんに話しがあってね。そ、そのどのくらい時間かかるかなって…」
「鎌倉と知り合いなの? てか隣のふたりは? 友達?」
めずらしく令が冷たい目でふたりを見ている。
「え? えっと、し、知り合いっていうか…その…なんていうか」
ドギマギする私を見かねたのか、令は穏やかな声で「美琴、やっぱりそっちにいくよ」と言った。
も、申し訳ない…。
「今日は、部活を始めるのに時間がかかりそうなんだ。取り込み中の内容は、部長が仕切っているし、俺は美琴と少しくらいなら話しができるよ」
そう言い残すと、令は裏に回るために入口の方へ行ってしまった。
❤︎❤︎❤︎<ミコト>のひそひそ話❤︎❤︎❤︎
垣間見(かいまみ)とは、モノの隙間から中をこっそり覗くことだよ。
平安時代の貴族の男性は、垣間見をすることで恋のきっかけを作っていたんだよ!


