下駄箱から遠目に見える時代くんたちに目を向けながら、今朝のことを思い出す。
時代くんたちは「私が暮らしたいと言っていたからこの世に来た」と言っていた。
私のひとりごとが実現するなんてことある…?
なぜ、この世界に“召喚”されてしまったのだろう。
“転生”ってやつなのかな…?
それに、さっきののんちゃんの反応にも疑問が残るーー。
のんちゃんは「この人たち知り合いなの?」と言っていた。
《アナヒス》の3人の顔を知っているのんちゃんが気づかないわけがない。
もし、のんちゃんの記憶から《アナヒス》がなくなっているとしたら、この世界から一時的に《アナヒス》がなくなってしまっているということ…?
「美琴!ひとりにしないでよ…! なんなの? あのイケメンたち」
駆け寄ってきたのんちゃんに意識を戻す。
のんちゃんは不安げな顔で私を見つめていた。
「のんちゃん、あの人たちのこと…し、知らないよね?」
「え? 私の知っている人? えーっと、誰だっけ!」
のんちゃんが手を合わせて「ごめん」と困った顔をする。
「う、ううん! 違う子といたときに紹介したのを勘違いしたかも。ご、ごめん…!私の親戚の親戚?みたいな感じで…」
「そっか〜安心した!」
ほっとした表情に変わったのんちゃん。
私もその姿に安堵する。
「てか、あんなかっこいい親戚がいたなんて! 暁月家の血、恐るべしなんだけど〜。美男美女しかいないじゃん」
「あの3人はともかく…私は美女ではない…」
「何言ってんの! 美琴が前髪を上げたときの破壊力は半端ないんだから」
「いやいや…」
自分が美人という認識はないが、小学4年生のときにこの顔のせいで不審者に声をかけられたことがある。
その男は私の顔を見て「目が大きくてまつ毛が長くてかわいい顔しているね」と言った。
気持ち悪くて、逃げようとしたら、強く腕を掴まれて、怖くて動けなくなった。
その場にたまたま居合わせたサラリーマンが、私の様子が変だと気づいて助けてくれて事なきを得たけど。
こんな思いをするのはごめんだと思った。
それからずっと、大きな目も長いまつ毛も前髪で目を隠している。
前髪を上げているのは家にいるときだけだ。
「おーい。美琴?」
のんちゃんに顔の前で手をフリフリされてハッとする。
そうだ、時代くんの話しをしていたんだった。
「ごめん、ぼーっとしちゃってた」
「あの人たち、今日からここに通うってことだよね。うちの制服だし! 何年生?」
「そ、そう通うみたいで、えっと、学年は…」
時代くんたちが何年生かなんてわからない…。
どうしよう。
ーーキーンコーンカーンコーン。
「あ! 予鈴だ! 急ご! 美琴!」
「う、うん」
どう説明しようか悩んでいた私を助けてくれた予鈴。
その音に感謝しながら下駄箱を後にしたーー。
++++++++++
教室に入ると、のんちゃんに「また後でね」と手を振って、自分の席に着いた。
私は「暁月(あかつき)」だから、入口側の一番前の席だ。
「あ・い・う・え・お」順で席が決まるから、4〜6月くらいまではほとんど一番前なんだよな。
何かと先生に当てられるし…渡辺(わたなべ)とか和田(わだ)って苗字に憧れる…。
ーーガラガラ。
「みんな、おはよ〜! 席につけ〜」
担任の田村先生(=通称:たむせん)がゆるっとしたいつもの調子で教卓の前に立った。
たむせんは、見た目はゴリラのようにゴツい男性体育教師のようだけど国語の先生。
穏やかな性格で、まあまあいい人だ。
先週、クラスの男子が喧嘩していたとき。
仲裁に入って「売り言葉に買い言葉だな〜」とフワッとことわざを使って、指導しようとしているのか、していないのか…という感じだった。
沸点がなさそうないい先生で、私は嫌いじゃない。
「今日は、転校生を紹介する〜。3人とも入っていいぞ〜」
たむせんはいつものゆったりした声で廊下にいる転校生を教室に導いていた。
嫌な予感がする。
玄関で鎌倉くんと別れて、その後、のんちゃんと話してすぐに教室に向かってしまったから、3人がその後どうしたのか…すっかり抜けていた。
「3人とも早く入れよ〜」のたむせんの言葉にゾっとする。
もしかして…鎌倉くん、平安くん、縄文くんが同じクラスなんてこと…。
ま、まさかね。
ドアの方を見られず、俯くと6つの上履きが見えた。
「今日、門の前で騒がれてた3人じゃない?」
「イケメン〜」
クラスの女子たちがざわざわし始める。
私をコンパスの軸にして、教卓にいるたむせんから窓側を通り、後ろのドアまで円を描く中に収まる女子たちは転校生たちに大注目だ。
「静かに〜!じゃあ、順番に自己紹介して〜。あ、趣味とか、話してもいいぞ〜」
なんだ、たむせん…その雑なふりは…。
しぶしぶ顔を上げると、やっぱり、鎌倉くん、縄文くん、平安くんの3人が黒板の前に立っていたー。
やっぱり…!
嫌な予感は的中してしまったのだ。
海外赴任中の父(ちち)は、帰国すると、大きな競馬レースを見る。
「木崎さんの競馬予想はだいたい外れるからさ、違う馬にかけるんだよ。的中したときはスカッとするぞ〜。だから父は木崎さん大好き」と言い、テレビの前で「させ!させ!」と声をあげているのをふと思い出した。
私が父親のことを父(ちち)と呼ぶので、父親の一人称はいつの間にか「父(ちち)」になった。
毎年恒例の父のセリフが頭をよぎって、なんだかイライラする。
「父の嘘つき。的中したらモヤついたじゃないか」と心の中で毒を吐いた。
先生が3人の名前を黒板に書き始めると、一気にクラスがシーンと静まり返る。
ーーシーン。
静寂に包まれた、ど緊張する場面でもへっちゃらな縄文くんが、最初に口を開いた。
「ども〜縄文です。趣味ねえ、イノシシ狩かな!大きな穴を掘って落とし穴にするんだ!落ちたときはちょー嬉しい! イノシシ肉が好きなやつは仲良くしてくれ!」
話し終えると、笑いながらえっへんというポーズをしている縄文くん。
ぬおおおお。
なんだ。
イノシシ狩が趣味って。
流石にみんな驚くーーと思ったのは杞憂だった。
面白がったクラスの男子がすぐさま反応する。
「なんだそれ!おもれえ〜俺はどちらかというと豚肉派〜」
「俺は鶏肉だな〜」
雑な合いの手を入れるクラスの男子たちと、大真面目にイノシシ肉を推す縄文くん。
時代くんたちが話すとこんなリスクがあるのか…。
ほんわか天然のクラスメイトたちだから疑問を持たなかったけど、どう考えたって「イノシシ狩り」が趣味な男子中学生はいないだろう。
てか、狩の免許もってないと狩っちゃだめだし!
たむせんは何もなかったかのように「次〜」と平安くんに話しを振った。
「初めまして。平安と申します。趣味と言われますと、なかなか難しいものでございまして、得意なことでしたら【和歌を読むこと】、好きな言葉は「夕凪」です。「夕凪」とは穏やかな夏の夕暮れのことですね。なんと雅な言葉でしょう。あとは…そうですね…苦手なものは虫…でしょうか。よろしゅうお頼もうします」
深くお辞儀をした平安くん。
平安貴族らしい上品な振る舞いだ。
というか、和歌を読むことが趣味でいいのでは…。
「夕凪(ゆうなぎ)」って…季語を使うなら和歌より俳句かな。
あーでも俳句の発展は鎌倉から室町あたりとされているし、平安時代にはまだなかったのか。
歴史オタク魂に火がつきそうになっていたところに、鎌倉くんが続けて発言した。
「鎌倉だ。趣味は…ない」
た、たんぱく…。
趣味ないんかい。
鎌倉くんの顔を見るとパチリと目があった。
鎌倉くんは私の視線に気付いたのか、そっと目を逸らした。
なぜ目を逸らされたのだろうか。
私もなんだか気まずくてすかさず机の上に視線を落とす。
「3人は暁月の親戚で、ご家族の事情で引っ越してきたそうだ。仲良くするんだぞ〜」
「えええ! 暁月の親戚なの?」
「美琴ちゃん、こんなかっこいい親戚がいたなんて! 羨ましい!」
クラスメイトたちの声が飛び交うーー。
は、はい?
そういう話しになっているのですか。
先生も先生だ。
わざわざこんな場面で私の名前を出さなくたっていいのに。
てか、親戚じゃないし…。
❤︎❤︎❤︎<ミコト>のひそひそ話❤︎❤︎❤︎
季語は、俳句などで使われる季節を表す言葉のこと。
桜といえば「春」、風鈴といえば「夏」のように、その季節を想像させる言葉を用いることで、時間の流れや日本の自然を表現できるのだ…!


