「と、とにかく今日は家にいて。3人のことは帰ってきてから考えるから…。絶対にきちゃダメだから…ね…」
ーーガチャ。
「いってきます」
急いで玄関のドアをバタンと閉めて学校に向かって走り出す。
ばあちゃんの「いってらっしゃ〜い」声が遠くの方で小さく聞こえた。
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「美琴〜! おはよ〜!」
「おはよう。のんちゃん」
「どうした? 朝から疲れてる?」
ギクッ。
「え、え? そ、そうかな」
「まあそりゃ疲れるか〜来週から中間だし〜テスト勉なかなか進まないよね〜国語やばいかも〜」
通学路を歩いていると、親友の<乃木坂望美(のぎさか・のぞみ)=のんちゃん>と合流した。
のんちゃんは、小学校からの同級生。
小1から中2まで奇跡的にずっと同じクラスで大の仲良しだ。
朝のあいさつの後も、テスト範囲のことをつらつらと話すのんちゃん。
今朝のことがあって、話が全く頭に入ってこない…。
時代くんたちのことは…今は言わないでおこう。
帰ったら誰もいなくなってて、寝ぼけてたってこともあるかもしれないし。
そもそも、ゲームの中の時代くんたちが家にいるなんて…信じてくれるか…。
のんちゃんも《アナヒス》をやっていて、「平安」までいったところ〜と話していた。
「やっぱマッチョだよね、あの鍛え上げられた縄文くんの腹筋!」とのんちゃんはマッチョに目がない。
縄文くん推しなのである。
縄文くんの顔を見たら驚くどころじゃ…ない…な…。
++++++++++
考え事をしながら歩いていると、いつの間にか校門の前まで来ていた。
門の前には人だかりができていて、何やら女の子たちのきゃーきゃー声を上げている。
「あんなイケメン、3人もうちの学校にいた?」
「うちの制服着てるし、転校生かな?」
女の子たちが円を作って、ワイワイ騒いでいるのを横目に校門を通ろうとするとーー。
「おー! 美琴」
「美琴さんより先に着いちゃいましたよ」
私を呼ぶ声の方に目を向けるとそこには、縄文くんと平安くんと鎌倉くん…!
しかも、うちの制服を着ているじゃないか…!
「な、なんでいるの!」
思わず大きな声を出してしまった自分に驚いて、「あ…」っと口を押さえながら固まってしまう。
隣ののんちゃんは、ハテナマークのついた顔でこちらを見ていた。
どうしようと考えを巡らせていると、3人が円から抜け出して、私に向かって歩いてくる。
なになになに。
「先に行くから追いかけてきたんだぞ〜」
「ふふ、美琴さんは風のごとく、矢のごとくなのですよ」
「(こそっ)きちゃダメっていったじゃん…」
周りの視線を受けながら小声で応える。
帰ってから、これからのことを考えようと思っていたのに…。
どうしよう。
一度、家に帰って説得する…?
今日まで、無遅刻無欠席の私が…。
高校には、家族を楽させるためにも特待生で行きたいと考えていた。
楽器屋の経営は厳しいだろうしな。
それに特待生でいけるいい進学校なら歴史史料もたくさんあるはずだから。
無遅刻無欠席で内申点のベースは確保したいところだった。
テストの点数や授業態度はもちろん重要だけど、毎日学校に行ったという証ほど確実性の高いものはない。
でも、今日は緊急事態か。
背に腹はかえられん…。
「きちゃダメって言われてもなあ。今日からここに通うことになったし」
「ちょっと待って。 今なんて言った?」
「だーかーら! 今日からここに通うって言ってんの!」
「縄文くん、そんな強い言い方しなくても…。美琴さん、困っていますし…」
いや、平安くんも来てるから同罪ですけどね? と心の中でツッコんで、我に変える。
3人とも私と同じ中学に通うってこと?
聞いてないんですけど。
「美琴? この人たち知り合い?」
のんちゃんがしびれを切らして口を開く。
そりゃ気になるよね…。
「えーっと。その…」
のんちゃん、気づいていないのかな…?
《アナヒス》の登場人物である縄文くんと平安くん、鎌倉くんをのんちゃんが知らないわけがない。
しかも、縄文くんはのんちゃんの推しだし…。
目の前にいるよ!
マッチョ!
のんちゃんの大好きな!
制服で腹筋は見えないけどさ!
言葉に詰まってしまう。
どうしよう。
そのとき、グイッと腕を掴まれて引っ張られるがままに体が動く。
「…ちょっと借りる」
鎌倉くんは強引に私を抱き寄せて、「ちゃんと立て」と耳元でささやいた。
ブワッと顔が熱くなるのがわかる。
リアルの男子には、耐性があまりない…。
鎌倉くんは、私の手を引いて下駄箱に向かって歩き出した。
++++++++++
引っ張られるがままに鎌倉くんの後をついていく。
体全体が心臓になったかのように、全身がバクバク音を立てていた。
どこに向かっている…?
ていうか、私、ちょっとこういうのほんと無理。
なんなんだ。
待ってくれーい。
心の中で叫びまくっても止まってくれない鎌倉くん。
あ…のんちゃんをひとりにしてきてしまった。
縄文くんと平安くんも放置してきちゃったし。
下駄箱の前で、鎌倉くんの手を振り解く。
「か、鎌倉くん。ちょっと待って」
「……」
「…どうして学校にいるの? 通うってどういうこと?」
「…うるさい。縄文が言っていた通り、この学校に通う…」
「そ、そんな…」
「…お前がなんと言おうと、決まったことだ」
決まったことだと言われましても…。
「え、えーっと、その制服は…?」
「ばあさんが、俺らが朝食を食べてる間に近所の卒業生たちのお下がりをもらってきてくれたらしい」
ば、ばあちゃん…。
やってくれたな。
3人とも朝見た服装じゃなく、うちの学校の制服を着こなしてたからどうしたのかと思ったけど。
ばあちゃんのお人好しもほどほどにしてほしい。
「じゃあ、そういうことだから」
「え? 」
私の頭をぽんぽんっとした鎌倉くん。
ドキッ。
男の人に、触られたことがあまりないから、こういうのは耐性がないんだ…。
心臓に悪い。
やめてほしい。
何事もなかったように、縄文くんと平安くんのもとへ戻る鎌倉くんの背中を眺める。
これは恋とかじゃない、不可抗力だ。


