静かな住宅街に出ると、ぐす、と小さく鼻をすする音だけが響いて落ち着かない。
玄関から外に出た瞬間、泰ちゃんは私の手をしっかりと握った。
私の右手には、強い光の懐中電灯。
左手には、あたたかい泰ちゃんの手のひらがある。
何よりも安心するその状況で、私は黙って泰ちゃんに手を引かれていた。
何も聞かない泰ちゃんに、どう説明したらいいのか分からなかった。
目を合わせた途端、ぽたぽたと涙が落ちてしまった私に、きっと驚いたはずなのに。
はっきり見えない横顔に、私は言葉を考えながら、大人しくついていく。
玄関を出たら、一本の細い道に出る。
車通りも少なく、車がぎりぎりすれ違えるくらいの住宅街の道。
昼間は子どもたちの声が響く場所も、今は静まり返っていた。
泰ちゃんの家と私の家のちょうど真ん中あたりで、泰ちゃんは足を止めた。
……止まっちゃった。どうしよう。
まだうまく纏っていない言葉に困って、私は懐中電灯を握る手に力を込める。
俯いたまま言葉を探していると「今日は星が綺麗なんだよな」というのんびりした声が聞こえてきた。
驚きながらも、隣にいる泰ちゃんを真似して、そっと空を見上げる。
……そうなんだ。星。
いつも通り、何も見えなくて、真っ暗闇に襲われそうな空。
いつもなら怖くて目を背けてしまうような空を、今日は彼の手の温もりを感じながら、ぼんやり見上げていた。
——ちょっとくらい、見えてくれたっていいのに。
不安定な心のまま、思わずそんなどうしようもない思いを抱いた時、カシャ、と小さな音がした。
驚いて横を見ると、泰ちゃんが空にカメラを向けている。
真っ黒で、彼の両手に収まるそれは、スマホではなくて本格的なカメラに見えた。
「ほら」
差し出された画面を覗き込む。
そこには、小さな光がたくさん散らばっていた。
黒い空の中に、点々と浮かぶ星が可愛らしく空を彩っている。
「……すごい」
胸がぱっと明るくなった。
思わず声がこぼれて、泰ちゃんを見上げる。
その表情がわかるくらい近くに彼の顔があって、私は目を見開いた。
そのまま、視線を泳がせてゆっくりと一歩下がる。
「……ごめん」
小さく言うと、泰ちゃんは首を振った。
「実はさ」
しばらくして落ちてきた言葉に視線を向けると、彼は少し照れたように、視線を逸らす。
「研修のとき、スマホじゃあんまり綺麗に映らなかっただろ」
泰ちゃんに言われて、みんなで夜に抜け出したあの日のことを思い出した。
スマホで撮ってくれた写真は、今でも私のスマホに残っている。
確かに、星はぼやけていたけれど、月の輪郭がとても綺麗で、何度も何度も家で見つめていた。
「悔しかったんだよ」
泰ちゃんは、私の手からカメラを取って、軽く持ち上げた。
「だから父さんにお願いして、あれからちょっと練習してた」
確かに、家族で遊んだとき、いつも写真を撮ってくれるのは泰ちゃんのお父さんだった。
立派な三脚を用意して、黒のかっこいいカメラを首からかけているイメージが蘇る。
「まだへたくそだけど、あの日よりは見えただろ?」
恥ずかしそうなその言葉に、胸がぎゅっとなる。
……私のために?
そう思った瞬間、収まったと思っていた涙がにじんだ。
普通じゃなくても。
夜が見えなくても。
それでも、こんなふうに一緒に見ようとしてくれる人がいる。
やっぱり私は……普通じゃなくたって、幸せなんだよ。
お母さんは、大変な思いをしてるって、言うけど。
お父さんも、陸ばかりに厳しくするけれど。
私、幸せだって思ってても、いいんだよね……?
視界がまた揺れて、反射的に俯くと、ぎゅっと手が握られた。
相変わらず何も言わないけれど、大きくて、あたたかい手のひらは優しく私を包み込む。
私は俯いたまま、ぽとりと涙を落とした。
「でも周りが明るいから、あんまりきれいじゃないんだよなぁ」
涙に気づかないふりをしてくれているのか、泰ちゃんは手を握ったまま続けた。
「ここは街灯が多いから、本当は公園まで行きたかったんだけど、菜由の父さんに止められちゃったからな〜」
街灯のある住宅街。
私にとっては安心できる光。
でも、星を見るには邪魔になる光なんだ。
泰ちゃんにとっては当たり前かもしれないことを、私は新鮮に感じる。
「確かに真っ暗だしな……。公園からの写真はまた、見せるわ」
なんだかその言葉が急に悲しく思えて、私はぎゅっと泰ちゃんと繋ぐ手の力を強めた。
「……行く」
小さく呟いたその言葉に、泰ちゃんが目を丸くする。
「は?」
「公園……行きたい」
「でもお前……」
「行きたいの!」
こんな風に自分の感情を押し出したのは、本当に久しぶりのことだった。
泰ちゃんとはよく喧嘩をしていたし、きっと初めてではないだろうけど、驚く彼に少しだけ後悔する。
私のわがままで、泰ちゃんが怒られるかもしれない。
そう思ったら、急に申し訳なくなって、私は咄嗟に手のひらを離した。
だけど、その手はすぐにもう一度包まれる。
「……まだ十五分ある。行くぞ」
耳元でこっそりと呟いてにやりと笑った彼に、研修の夜を思い出して、じわりと頬が熱くなった。
玄関から外に出た瞬間、泰ちゃんは私の手をしっかりと握った。
私の右手には、強い光の懐中電灯。
左手には、あたたかい泰ちゃんの手のひらがある。
何よりも安心するその状況で、私は黙って泰ちゃんに手を引かれていた。
何も聞かない泰ちゃんに、どう説明したらいいのか分からなかった。
目を合わせた途端、ぽたぽたと涙が落ちてしまった私に、きっと驚いたはずなのに。
はっきり見えない横顔に、私は言葉を考えながら、大人しくついていく。
玄関を出たら、一本の細い道に出る。
車通りも少なく、車がぎりぎりすれ違えるくらいの住宅街の道。
昼間は子どもたちの声が響く場所も、今は静まり返っていた。
泰ちゃんの家と私の家のちょうど真ん中あたりで、泰ちゃんは足を止めた。
……止まっちゃった。どうしよう。
まだうまく纏っていない言葉に困って、私は懐中電灯を握る手に力を込める。
俯いたまま言葉を探していると「今日は星が綺麗なんだよな」というのんびりした声が聞こえてきた。
驚きながらも、隣にいる泰ちゃんを真似して、そっと空を見上げる。
……そうなんだ。星。
いつも通り、何も見えなくて、真っ暗闇に襲われそうな空。
いつもなら怖くて目を背けてしまうような空を、今日は彼の手の温もりを感じながら、ぼんやり見上げていた。
——ちょっとくらい、見えてくれたっていいのに。
不安定な心のまま、思わずそんなどうしようもない思いを抱いた時、カシャ、と小さな音がした。
驚いて横を見ると、泰ちゃんが空にカメラを向けている。
真っ黒で、彼の両手に収まるそれは、スマホではなくて本格的なカメラに見えた。
「ほら」
差し出された画面を覗き込む。
そこには、小さな光がたくさん散らばっていた。
黒い空の中に、点々と浮かぶ星が可愛らしく空を彩っている。
「……すごい」
胸がぱっと明るくなった。
思わず声がこぼれて、泰ちゃんを見上げる。
その表情がわかるくらい近くに彼の顔があって、私は目を見開いた。
そのまま、視線を泳がせてゆっくりと一歩下がる。
「……ごめん」
小さく言うと、泰ちゃんは首を振った。
「実はさ」
しばらくして落ちてきた言葉に視線を向けると、彼は少し照れたように、視線を逸らす。
「研修のとき、スマホじゃあんまり綺麗に映らなかっただろ」
泰ちゃんに言われて、みんなで夜に抜け出したあの日のことを思い出した。
スマホで撮ってくれた写真は、今でも私のスマホに残っている。
確かに、星はぼやけていたけれど、月の輪郭がとても綺麗で、何度も何度も家で見つめていた。
「悔しかったんだよ」
泰ちゃんは、私の手からカメラを取って、軽く持ち上げた。
「だから父さんにお願いして、あれからちょっと練習してた」
確かに、家族で遊んだとき、いつも写真を撮ってくれるのは泰ちゃんのお父さんだった。
立派な三脚を用意して、黒のかっこいいカメラを首からかけているイメージが蘇る。
「まだへたくそだけど、あの日よりは見えただろ?」
恥ずかしそうなその言葉に、胸がぎゅっとなる。
……私のために?
そう思った瞬間、収まったと思っていた涙がにじんだ。
普通じゃなくても。
夜が見えなくても。
それでも、こんなふうに一緒に見ようとしてくれる人がいる。
やっぱり私は……普通じゃなくたって、幸せなんだよ。
お母さんは、大変な思いをしてるって、言うけど。
お父さんも、陸ばかりに厳しくするけれど。
私、幸せだって思ってても、いいんだよね……?
視界がまた揺れて、反射的に俯くと、ぎゅっと手が握られた。
相変わらず何も言わないけれど、大きくて、あたたかい手のひらは優しく私を包み込む。
私は俯いたまま、ぽとりと涙を落とした。
「でも周りが明るいから、あんまりきれいじゃないんだよなぁ」
涙に気づかないふりをしてくれているのか、泰ちゃんは手を握ったまま続けた。
「ここは街灯が多いから、本当は公園まで行きたかったんだけど、菜由の父さんに止められちゃったからな〜」
街灯のある住宅街。
私にとっては安心できる光。
でも、星を見るには邪魔になる光なんだ。
泰ちゃんにとっては当たり前かもしれないことを、私は新鮮に感じる。
「確かに真っ暗だしな……。公園からの写真はまた、見せるわ」
なんだかその言葉が急に悲しく思えて、私はぎゅっと泰ちゃんと繋ぐ手の力を強めた。
「……行く」
小さく呟いたその言葉に、泰ちゃんが目を丸くする。
「は?」
「公園……行きたい」
「でもお前……」
「行きたいの!」
こんな風に自分の感情を押し出したのは、本当に久しぶりのことだった。
泰ちゃんとはよく喧嘩をしていたし、きっと初めてではないだろうけど、驚く彼に少しだけ後悔する。
私のわがままで、泰ちゃんが怒られるかもしれない。
そう思ったら、急に申し訳なくなって、私は咄嗟に手のひらを離した。
だけど、その手はすぐにもう一度包まれる。
「……まだ十五分ある。行くぞ」
耳元でこっそりと呟いてにやりと笑った彼に、研修の夜を思い出して、じわりと頬が熱くなった。



