それから、泰ちゃんは低学年の頃のように、ずっと隣にいてくれた。
泰ちゃんが近くにいてくれれば、転ぶことはほとんどなくなったし、帰り道も怖くなかった。
だけどそれは、友達と帰っていたはずの時間を、私のために使ってくれるようになったということで。
始めは、嬉しいと思っていたその状況がだんだんと申し訳なさに包まれていった。
私が、泰ちゃんの時間を奪っている気がして。
でも、泰ちゃんは、ただ心配してくれているだけで。
それが分かるからこそ、どうしていいか分からなくなった。
そんな毎日が続くと、当然周りも私たちを気にするようになった。
「また一緒にいる」
「付き合ってんのかな?」
ひそひそとした声が聞こえるたびに、私は俯いて、体を小さくするしかなかった。
「泰史って絶対菜由のこと好きだよな!」
直接からかわれることも増えて、そのたびに泰ちゃんは「は?違えし」と不機嫌そうに言い返す。
それでも距離は変えようとしない彼に、申し訳なさ以外の感情も浮かぶようになっていった。
嫌なら離れてくれたっていいのに。
私だって、こんな風に目立ちたくない。
私はただ、普通でいたいだけなのに。
その気持ちが強くなるにつれて、泰ちゃんへの苛立ちすら、胸の奥に浮かぶようになっていった。
そして、あの日の帰り道。
一緒に帰ろうと言われる前に、私は教室を飛び出した。
吐く息が少し白くなりはじめた、日暮れの早い季節だった。
「おい、菜由!」
やっぱりすぐに気づかれて、玄関で呼び止められる。
それでも振り返らず、靴のかかとを無理やり入れて、ぱたぱたと駆け出した。
慌ただしく靴箱を開ける音を聞きながら走る。
追いつかれる前に逃げなきゃ、と焦る頭で足を踏み出すと、ガクンっと体が下に沈んだ。
「菜由!」
ズンと膝に落ちた鈍い痛みに、少しずつ頭が冷えていく。
玄関の数段しかない階段で、足を踏み外したのだ。
立ちあがろうとすると、静かに足音が止まり、目の前に泰ちゃんの瞳が現れる。
「何してんだよ。もう暗いんだから、走るなよ」
勝手に、泰ちゃんから逃げようとした。
勝手に走り出して、勝手に転んだ私を、バカにして笑ってくれたっていいのに。
泰ちゃんは、何も言わずに、膝についた砂を払ってくれる。
その瞬間、胸の中に溜まっていたものが、一気にあふれた。
優しい手を振り払い、肩を震わせる。
昔だったら——、前までの泰ちゃんだったら。
「ドジ!」と明るく笑いながら、優しく手を引いて立たせてくれた。
バカにされるのが、すっごく悔しくて嫌だったはずなのに、その頃が恋しく思えてしまう。
「……もう、放っておいて」
泰ちゃんが、驚いたようにこちらを見つめるけれど、その目を合わせることはできない。
「私は、泰ちゃんが思ってるほど不自由じゃない」
言いながら、ポロポロと涙が溢れ出て、胸が痛む。
「そんな風に優しくされたら、自分でできることが、なにもないみたいで……つらい」
本当は、泰ちゃんに、迷惑をかけたくないだけだった。
本当は、優しさだって、嬉しかった。
でも、その時の私に、その思いはうまく言葉にできなくて、ただただひどい言い方になってしまった。
泰ちゃんは何も言わず、静かに私に背を向けた。
その日から、私たちには明確な距離ができた。
隣に並ぶことはなくなって、話すことも減って。
でもやっぱり——少し離れたところから見ていてくれているのは、ずっと分かっていた。
近くにいないのに守られているような感覚は、酷い言い方で泰ちゃんを突き放した自分への罪悪感として私自身を苦しめた。
そして、中学二年生になった今もずっと、私は、あの日の言葉を後悔している。
泰ちゃんが近くにいてくれれば、転ぶことはほとんどなくなったし、帰り道も怖くなかった。
だけどそれは、友達と帰っていたはずの時間を、私のために使ってくれるようになったということで。
始めは、嬉しいと思っていたその状況がだんだんと申し訳なさに包まれていった。
私が、泰ちゃんの時間を奪っている気がして。
でも、泰ちゃんは、ただ心配してくれているだけで。
それが分かるからこそ、どうしていいか分からなくなった。
そんな毎日が続くと、当然周りも私たちを気にするようになった。
「また一緒にいる」
「付き合ってんのかな?」
ひそひそとした声が聞こえるたびに、私は俯いて、体を小さくするしかなかった。
「泰史って絶対菜由のこと好きだよな!」
直接からかわれることも増えて、そのたびに泰ちゃんは「は?違えし」と不機嫌そうに言い返す。
それでも距離は変えようとしない彼に、申し訳なさ以外の感情も浮かぶようになっていった。
嫌なら離れてくれたっていいのに。
私だって、こんな風に目立ちたくない。
私はただ、普通でいたいだけなのに。
その気持ちが強くなるにつれて、泰ちゃんへの苛立ちすら、胸の奥に浮かぶようになっていった。
そして、あの日の帰り道。
一緒に帰ろうと言われる前に、私は教室を飛び出した。
吐く息が少し白くなりはじめた、日暮れの早い季節だった。
「おい、菜由!」
やっぱりすぐに気づかれて、玄関で呼び止められる。
それでも振り返らず、靴のかかとを無理やり入れて、ぱたぱたと駆け出した。
慌ただしく靴箱を開ける音を聞きながら走る。
追いつかれる前に逃げなきゃ、と焦る頭で足を踏み出すと、ガクンっと体が下に沈んだ。
「菜由!」
ズンと膝に落ちた鈍い痛みに、少しずつ頭が冷えていく。
玄関の数段しかない階段で、足を踏み外したのだ。
立ちあがろうとすると、静かに足音が止まり、目の前に泰ちゃんの瞳が現れる。
「何してんだよ。もう暗いんだから、走るなよ」
勝手に、泰ちゃんから逃げようとした。
勝手に走り出して、勝手に転んだ私を、バカにして笑ってくれたっていいのに。
泰ちゃんは、何も言わずに、膝についた砂を払ってくれる。
その瞬間、胸の中に溜まっていたものが、一気にあふれた。
優しい手を振り払い、肩を震わせる。
昔だったら——、前までの泰ちゃんだったら。
「ドジ!」と明るく笑いながら、優しく手を引いて立たせてくれた。
バカにされるのが、すっごく悔しくて嫌だったはずなのに、その頃が恋しく思えてしまう。
「……もう、放っておいて」
泰ちゃんが、驚いたようにこちらを見つめるけれど、その目を合わせることはできない。
「私は、泰ちゃんが思ってるほど不自由じゃない」
言いながら、ポロポロと涙が溢れ出て、胸が痛む。
「そんな風に優しくされたら、自分でできることが、なにもないみたいで……つらい」
本当は、泰ちゃんに、迷惑をかけたくないだけだった。
本当は、優しさだって、嬉しかった。
でも、その時の私に、その思いはうまく言葉にできなくて、ただただひどい言い方になってしまった。
泰ちゃんは何も言わず、静かに私に背を向けた。
その日から、私たちには明確な距離ができた。
隣に並ぶことはなくなって、話すことも減って。
でもやっぱり——少し離れたところから見ていてくれているのは、ずっと分かっていた。
近くにいないのに守られているような感覚は、酷い言い方で泰ちゃんを突き放した自分への罪悪感として私自身を苦しめた。
そして、中学二年生になった今もずっと、私は、あの日の言葉を後悔している。



