『気づいてあげられなくてごめんね……』
病院で目を潤ませるお母さんに、小学五年生だった私はただ茫然と立ち尽くすしかできなかった。
きっかけは、夕方、母と買い物から帰る途中。
日が落ちかけた道で、私は慎重に階段をおりていた。
見えないはずのない段差が怖くて、恐る恐る足先が届くのを探るように足を進める。
「菜由、大丈夫?」
少し前で振り返った母の声に、顔をあげることなく「大丈夫」と呟いた。
段差までの距離感がうまく掴めない。
少し前は小さな違和感だったそれが、はっきりとした恐怖として浮かび上がって、ついに私は立ち止まった。
「……地面がぼやぼやしてる」
そう呟いた私を、母がじっと見つめていたのを覚えている。
その週末、眼科に行った。
検査は長くて、いくつもの光を見て、真っ暗闇の部屋に入ったりして。
全てが終わって疲れ切ったあと、静かな部屋で、私の病気は説明された。
夜になると、見えづらい症状があること。
視野が普通の人より狭いこと。
難しい言葉は分からなかったけれど。
「これから先、長く付き合っていく必要があります」
その言葉だけが、胸に残った。
それから、転んだりつまづいたりするたびに。
「菜由、また転んだのー?」と友達に笑われるたびに。
ただのドジだと思っていたこれが、自分の病気なんだと、少しずつ実感していった。
……私は、みんなと違うんだ。
その事実が、日常の中でじわじわと広がって、私は、前みたいにうまく笑えなくなって。
少しずつ、少しずつ。
心を閉ざすようになっていった。
そんな日々の中、泰ちゃんの様子が少しだけ変わった。
幼なじみだった泰ちゃんは、家族ぐるみで仲も良くて、今よりもずっと近い存在だった。
「菜由、ぶつかるぞ」
「え?あ、ありがとう……」
最初は、偶然だと思った。
だけどそんな風に助けてくれる回数が多くなって、段々と、それが偶然じゃないと分かっていく。
「帰ろうぜ」
行事が長引いて、帰りがいつもよりも遅くなった日。
低学年のころは当たり前だったその言葉をかけられて、私は確信した。
四年生になってから、もう一年以上は別々に帰るのが普通になっていたから。
「どうしたの、急に」
「危ねーから」
戸惑う私に、泰ちゃんはぶっきらぼうに言う。
「……泰ちゃん、もしかして」
問いかけても、泰ちゃんは何も言わなかった。
でも、心配そうに隣を歩く視線で、やっぱりわかってしまう。
いつもは色んなところに注意を向けながら、少し前を楽しそうに歩く。
私は、そんな泰ちゃんの後ろ姿が好きだったのに。
泰ちゃんは、私の目がみんなと違うことを、もう知ってるんだ。
きっと、お母さんから泰ちゃんのお母さんへと伝わったんだろう。
簡単に想像できてしまうけど、勝手にそんなふうに伝わったことに、私は少しだけむかついた。
「大丈夫だよ。今までと変わらないよ」
そう伝えても、彼は「わかってる」と適当に頷いただけだった。
病院で目を潤ませるお母さんに、小学五年生だった私はただ茫然と立ち尽くすしかできなかった。
きっかけは、夕方、母と買い物から帰る途中。
日が落ちかけた道で、私は慎重に階段をおりていた。
見えないはずのない段差が怖くて、恐る恐る足先が届くのを探るように足を進める。
「菜由、大丈夫?」
少し前で振り返った母の声に、顔をあげることなく「大丈夫」と呟いた。
段差までの距離感がうまく掴めない。
少し前は小さな違和感だったそれが、はっきりとした恐怖として浮かび上がって、ついに私は立ち止まった。
「……地面がぼやぼやしてる」
そう呟いた私を、母がじっと見つめていたのを覚えている。
その週末、眼科に行った。
検査は長くて、いくつもの光を見て、真っ暗闇の部屋に入ったりして。
全てが終わって疲れ切ったあと、静かな部屋で、私の病気は説明された。
夜になると、見えづらい症状があること。
視野が普通の人より狭いこと。
難しい言葉は分からなかったけれど。
「これから先、長く付き合っていく必要があります」
その言葉だけが、胸に残った。
それから、転んだりつまづいたりするたびに。
「菜由、また転んだのー?」と友達に笑われるたびに。
ただのドジだと思っていたこれが、自分の病気なんだと、少しずつ実感していった。
……私は、みんなと違うんだ。
その事実が、日常の中でじわじわと広がって、私は、前みたいにうまく笑えなくなって。
少しずつ、少しずつ。
心を閉ざすようになっていった。
そんな日々の中、泰ちゃんの様子が少しだけ変わった。
幼なじみだった泰ちゃんは、家族ぐるみで仲も良くて、今よりもずっと近い存在だった。
「菜由、ぶつかるぞ」
「え?あ、ありがとう……」
最初は、偶然だと思った。
だけどそんな風に助けてくれる回数が多くなって、段々と、それが偶然じゃないと分かっていく。
「帰ろうぜ」
行事が長引いて、帰りがいつもよりも遅くなった日。
低学年のころは当たり前だったその言葉をかけられて、私は確信した。
四年生になってから、もう一年以上は別々に帰るのが普通になっていたから。
「どうしたの、急に」
「危ねーから」
戸惑う私に、泰ちゃんはぶっきらぼうに言う。
「……泰ちゃん、もしかして」
問いかけても、泰ちゃんは何も言わなかった。
でも、心配そうに隣を歩く視線で、やっぱりわかってしまう。
いつもは色んなところに注意を向けながら、少し前を楽しそうに歩く。
私は、そんな泰ちゃんの後ろ姿が好きだったのに。
泰ちゃんは、私の目がみんなと違うことを、もう知ってるんだ。
きっと、お母さんから泰ちゃんのお母さんへと伝わったんだろう。
簡単に想像できてしまうけど、勝手にそんなふうに伝わったことに、私は少しだけむかついた。
「大丈夫だよ。今までと変わらないよ」
そう伝えても、彼は「わかってる」と適当に頷いただけだった。



