「おぉ、香澄。もう着いてたんだな。早かったじゃん。あ、コイツは俺の大学時代からの友達でさ。近くに寄ったからって、玄関で少し立ち話してたんだよ」
「ふーん、そっか。雄也は、友達とも普通にキスするんだね。知らなかったな」
「えっ……と、」
「全部見てたよ。会話もちゃーんと聞いてたから。鉢合わせちゃってごめんね?」

まさか見られているとは思っていなかったらしい。
笑顔を強張らせた雄也は、唇をはくはくと震わせて、必死に弁明の言葉を探しているようだ。
しかし香澄は、雄也が声を発する前に先手を打つ。

「気にしてないから大丈夫だよ。だってもう別れる私には、関係ないことだから。新しい彼女さんとごゆっくり」

にこりと綺麗に笑って、その場に背を向ける。

「待っ、香澄! 違うんだって……!」

後ろから呼び止める声が聞こえてくる。けれどそれを無視してエレベーターまで逆戻りした香澄は、躊躇なく“閉”の釦を押した。

(……私、何やってたんだろ。本当に馬鹿だな)

一人になったところで、口から漏れたのは重たい溜息だった。