「あー、これは予熱不足だね」
「予熱不足?」
「うん。鉄のフライパンは温めてから卵をのせた方がいいんだよ。まずは中火で一分くらい予熱して水分を飛ばしてから、油を引くといいよ」
「へぇ、そうなんだ。勉強になります」
慎は家事が苦手だと言っていたが、二人でいる時にも率先して料理や掃除をしてくれる。
料理なんて危なっかしすぎて、包丁で手を切らないかと見ているこっちがハラハラしてしまうレベルだ。
香澄から慎に、自分が作るから無理はしなくていいと伝えたこともあった。
けれど慎は「香澄さんに美味しいものを作ってあげたい。それに一緒に料理をするのは楽しい」と言ってくれる。
その気持ちが嬉しかったので、慎の頑張りを見守ることにしている。
ちなみに元カレである雄也とは、マンションのロビーで別れを告げて以来、一切顔を合わせていない。
雄也は香澄と別れて二か月も経たないうちに、このマンションから出ていったらしい。
共通の知人から聞いた話だと、仮想通過で儲けたと言っていたがそれが元本割れを起こして大損してしまい、このマンションで暮らしていくだけの資金がなくなってしまったようだ。



