“今から家を出るね。十時発の電車に乗るから、予定通り十時二十分にはそっちにつけそう”

彼氏にメッセージを送ってから家を出る。
駅に着いたタイミングで“りょうかい!”の吹き出しがついている犬のスタンプが届いた。

しかしどうやら、電車は数分ほど遅延していたらしい。
予定より一本早い電車にタイミングよく乗れてしまったので、十時十分には彼の住むマンションに着いてしまった。

エントランスに設けられているロビーラウンジで待ち合わせているけれど、どうせなら彼の部屋まで迎えにいってしまおう。
そう考えた香澄は、彼氏に教えてもらって知っている暗証番号を入力して、まずは正面玄関のオートロックを解除する。

だらしなく生活能力が皆無な彼氏の家には、彼の不在時に訪ねることも多々あった。もちろん、事前に訪問の許可はとっている。
部屋を掃除したり洗濯を回したり料理の作り置きをしてあげたり……正直、自分は母親ではないと不満に思うことは常日頃からあった。
しかし毎回大袈裟なくらい感謝してくれる彼氏に、香澄は結局絆されてしまっていた。
誰にだって苦手なことはあるのだし、香澄は家事が嫌いではなかったから。

香澄自身は恋愛に重きを置く人間ではなかったけれど、それでも部屋に自由に出入りしていたし、繁忙期には仕事の合間をぬって逢瀬を重ねていた。順調なお付き合いができていると思っていた。
だから、まさか――たかが十分早く着いてしまったばかりに、目を疑うような光景を目撃することになるだなんて、思ってもいなかった。