「……ねぇ、香澄さん。俺、あなたのことをもっと知りたいです。好きなものや嫌いなものも、全部教えてほしい。香澄さんの笑顔を、近くでたくさん見ることのできる権利がほしいんです」

慎のすらりとした指先が、香澄の手にそっと触れた。漂う甘い雰囲気に、心臓がバクバクと激しくなる。
――これは、よくない。これ以上聞いては、だめだ。

「っ、あの。私、そろそろ帰るね。手当てしてくれてありがとう」

立ち上がった香澄は、鞄を手にして玄関に向かう。けれど左手を掴まれてしまったせいで、それ以上前に進むことができない。
掴む手は、振りほどこうと思えるほどには弱くて優しい力だ。けれど香澄は、その温もりをはねのけることができなかった。

「無理強いするつもりはないんです。だけどこうして香澄さんと話して、ますますあなたのことが好きになりました。彼氏と別れたばかりのところに付けこむみたいな形になっちゃいますけど、俺にチャンスをくれませんか?」
「……チャンスって、何の?」

香澄は振り向く。
そこに子犬のように可愛らしい、初心な青年の姿はない。