「マンション内で何度か見かけることがあったので、ずっとここに住んでいる方だと思ってたんです。それに、近くのスーパーに買い物に行った時、身体の不自由なおばあさんに手を貸してあげていましたよね?」
「え、っと……そんなことあったっけ?」
「はい。二か月前くらいだと思います」

慎が自分をそれほど前から認知してくれていたことに驚きながら、記憶を呼び起こす。

……そう言われてみれば、確かに。
スーパーで困っていたおばあさんの買い物を手伝ったことがあった。

「確かに、そんなこともあったね。まさか蓮見くんに見られていたとは思わなかったけど」
「親切にしている姿を見て、すごく優しい人なんだなって思いました。それに香澄さんを見かける度に、可愛らしい人だなって思ってたんです。いつか話してみたいと思いながらも、中々きっかけがなくて……だからさっき、エレベーターから香澄さんが出てきてすごく驚きましたし、嬉しかった。ずっと気になっていた香澄さんと話せるチャンスだって。あっ、でも、怪我をさせちゃうつもりはなかったんです。それは本当にごめんなさい」

慎はまた、主人に叱られた子犬のような顔をして謝る。
慎の心の内を聞いてしまった香澄は、どんな反応を返したらいいのか分からなかった。

慎が香澄に対して、以前から好意的な気持ちを抱いてくれていたことは伝わってきた。
けれど、その好意は……親愛や友愛といった類のものに、当てはまる感情なのだろうか。

香澄は鈍感ではない。
だからこそ、慎のまなざしや言葉の節々から感じる確かな熱に、どうしたらいいのか戸惑ってしまう。