「うわぁーっ!!」
帰りの会が済んで、昇降口へ向かおうとした時。
突然叫ばれたのにビックリして、カバンを取り落としてしまった。
パンパンとはたいていると、他の男子がその子に声をかけた。
「どーしたんだよー!! 急に大声出すなんてさぁ」
「だ、だってさぁ……お前もショックだろ!? あの美里ちゃんが、男子を呼び出したらしいぞ!?」
男子を呼び出した、って……西さんの、ことかな……。
でも、“あの美里ちゃんが”ってことは……場之さんって、男子と仲良くしないのかな……。
「えぇー!? 絶対ウソだろ!! ガセだってガチで!!」
クラスメイトの疑いようから考えても、この仮説が正しいのかもしれない……。
「そんなことないって多分!! 誰か現場見た人とかいないか……って、いないよなぁ……」
「……わ……私見ました」
はぁ……と溜め息をつく彼に、思わず声を上げてしまった。
言わないほうがいいと思ったのに、つい反射的に。
「え、マジ!?ど、どどど、どんな感じだった……!?てか相手誰!?」
「告白っぽかった……です。西、久里さんを、誘ってました……」
ここまで聞かれると答えるしか……と、気圧されるまま答えてしまう。
でも、答えながら心をえぐられてしまう。
「えええ、何で止めなかったんだよ!! もうホンットヤバいじゃん!」
「えーでも……てゆーか、美里ちゃんあんな陰キャ好きとか意外と趣味悪いのな」
語尾に笑をつけるようにそう言った男子。
言い返してたくても言い返せない、弱くて惨めな自分が情けなかった。
「教室出るの、遅れちゃった……」
クラスメイトから質問攻めを受けて、もみくちゃにされていた私。
『やだ……すみません、もう答えないのでっ……!!』
西さんへの悪口を聞いてから、すっと頭が冷えて……。
絶対に、こんな人達とつるむもんかって……思ったんだ。
「西さんの悪口言う人と、一緒に居たくないし……」
私がそう呟いて唇を噛み締めていると、背後から、澄んだ声がした。
「…………蘭さん?」
「っ……へっ……?」
振り返らなくても、声で分かる。
高すぎず低すぎない、綺麗な声。
…………私が、大好きな相手だ。
「にし、さ……」
どうしてここに…………場之さんと、付き合うんじゃ……一緒に帰らなくてもいいの……?
「うん。 それより蘭さんって、普段帰るのこんなに遅かったっけ?」
「えっ、あっ、うんっと…………く、クラスの人と、ちょっとだけ話してたんです」
西さんに尋ねられて、慌てて返した。
って…………あれ……?
「西さんって、いつも私が帰る時間知ってたんですか……ってすみません偶然ですよね!!」
きっと言葉の綾ってやつだ…………う、自惚れちゃうとこだったっ……。
「……ううん。僕、よく蘭さんのこと見てたから」
「っ、へ……」
今日何度目かの、間抜けな声を上げる。
見てた、って……?
パチパチと瞬きをして、彼の顔を見つめる。
「急にこんなこと言ってごめんね…………気持ち悪いよね……ごめん」
そう前置きして、話し始めた西さん。
気持ち悪くなんてないです…………口を挟める雰囲気ではなくて、その言葉を飲み込んだ。
「……この学校って、小中一貫校だから……外部生の僕は仲良い人がいなくて、一人ぼっちで。
君は、僕と違って小学校から進学してるのに、一人でいるから……気になっちゃって」
「一人で、いる……確かに、そうですね」
西さんに続けて、するりと言葉が出てきた。
「でも私は、一人ぼっちだなんて思ったことありません」
「どうして?」
驚いたような西さんに、答えてみせる。
「……私は、一人が好きなんです。 だから一人じゃなくて、孤高って感じで……」
「意図的に、離れたの? それに、何かきっかけがあって、“一人”を好きになれたの?」
私が息を吸ったタイミングで、西さんが問うた。 一つずつ、順に答えていく。
「最初は、意図的に離れてたわけじゃなくて……西さんの言う通り、きっかけがあったんです」
「……」
私の拙い話しぶりを黙って聞いてくれている西さんに、安心して話を続ける。
「風邪で休んだ次の日に、友達にずる休みって言われて……私は、違うって言い返しました。
そしたらギクシャクして、ケンカになっちゃって……一週間くらい、一人でいました。
この頃は、“一人ぼっち”だって思ってたんですけど…………過ごしやすかったんです。
だから、一人のほうが楽って気づいて……」
「…………凄い。 僕、そんなふうに考えたこと、なかった……」
私が話し終わると、感嘆の声を上げた西さん。
「私は……その時から、友達と離れました。 離れ難いような相手は、いなかったので」
私がそう言うと、西さんは口を挟んだ。
「蘭さんは、今も、離れたくないような人はいないの? 誰かと仲良くする気はないの?」
「…………います。友達になるつもりじゃ、ないんですけど」
……私は、西さんとなら、もっと仲良くなりたいっ……。
「へえ……頑張ってね。その人と仲良くなれること、願ってる」
簡単にそういうこと、言っちゃだめだよ、西さん……。
「ありがとうございます」
「うん。……でも、仲良くなるのに、友達にはなりたくないの?」
私がお礼を言うと、不思議そうな顔をされた。
ここは、正直に言うべきかな……。
「……い、いつか、付き合いたいんです。 それがムリでも、ただの友達は嫌です……」
「そうなんだ」
返ってきた冷静な言葉とは反対に、気持ちは高揚してきてしまう。
今、その相手は貴方です、って言ったらどんな顔するんだろう?
そんなこと言えない。 でも、言いたい……。
言ってしまえば、儚い希望は散ってしまう。 それなら今日だけは、封じ込めておきたい。
「…………それなら……蘭さんに想われる人は、幸せだろうね」
それなのに、それなのに……西さんのせいで、抑えつけていた気持ちの箍が外れたんだ。
「―――私が想ってるのが、西さんだって言ったら……どうしますか?」
「…………そ、んなの……でも、ウソでしょ……?」
信じられないというような反応に不満を感じて、勢い任せに言ってしまう。
「―――西さんのことですっ……!! 私は、貴方のことが、好きなんですっ……―――」
少し掠れた私の声に、西さんは唖然とした表情をこちらに向けた。
「……あらら、ぎ……さん……」
戸惑わせちゃって、ごめんなさいっ……と、申し訳なくなってしまう。
「…………あの、ホントは私、西さんが場之さんと付き合ったこと、知ってます」
伝えたかっただけで……と、私は告げられなかった。
「……付き合ってないよ……? 僕、今誰とも付き合ってない」
「へっ……え、だって。場之さんが西さん呼び出してて……告白されたんじゃ……」
「こ、告白は、されたけど……付き合ったりして人と一緒にいるのは、ちょっと嫌だったんだ」
だから断っちゃったんだよね……ケロリとそう言った西さん。
「え…………尚更、すみません……わ、私はフラれるってことくらい、分かってたのでっ……!」
西さんの言葉に、より申し訳なさが募って……涙が交じってしまう。
困らせたくなんて、なかったのに……結果的に、嫌な気持ちにさせちゃったんだ……。
「……う、ううん…………僕、蘭さんと一緒にいるのは嫌じゃないからね」
「へっ……どう、して……」
「…………僕、人の中でも場之さんみたいな……“自分”を見せる人が苦手みたい」
「……あ……」
確かに、自分を『見て!』って相手は……少し、怖いかも……。
「蘭さんはそうじゃないし、だから……―――い、一緒にいたいって、思う」
「それって、どういう……」
察しの悪い私は、そう口に出して…………ようやく理解した時、顔を真っ赤にした。
…………それっ、て……。
「付き合えることなら、付き合いたい」
きっぱりと告げた西さんに、改めて体中の熱が顔に集まる。
「……ほんとですか? ウソじゃ、ありませんか?」
「もちろん。ウソつく理由なんてないしね」
……てことは私、ホントのホントに…………。
…………西さんと、付き合えるんだっ……―――。
「…………最初は、本当に恋とかが分からなくて」
そう切り出した彼に、視線を送った。
「でも僕は、蘭さんのことも、蘭さんがもってる考えも、知りたい」
「っ……ありが、とう……」
驚きと嬉しさで、感極まって目が潤んでくる。
や、やだなっ……こんなとこで泣きたくないのに……。
「わ、私ね……っ……西さんと会えて、ホントよかった……っ!!」
そう言って微笑むと、フッと笑い返してくれた西さん。
その花のように美しい表情に、思わず息を呑んだ。
―――わ、私ってばもしかして、とんでもない人と付き合うことになっちゃったっ……!?
顔が帯びた熱はもはや尋常じゃなくて、隠すようにぷいと顔を背けた。
「へっ……え、あ、ごめんっ……嫌な気持ちにさせたり、しちゃった……?」
どういう意味と取ったのか、慌てたように私に向かって頭を下げた西さん。
「ち、ちが……嫌な気持ちになんて、なってません! 西さんといると、幸せでいっぱいですっ」
西さん以上にアワアワしながら、それでも真剣に、そう言った。
「…………そっ、か……」
照れたように、もう一度柔らかく微笑んだ彼に……再び私は、ときめきを隠せなくなった。
「〜〜〜っ!!!」
思わず顔を覆ってしまった私は、ちらりと西さんの顔を窺った。
「ふふっ……蘭さんって、面白い」
怒ってはいなさそうな彼に、安心する。 嫌にさせてなくて、ほんと良かったっ……!
そう感じた直後、頭の中に欲望が駆け回った。
「わっ、私のこと、名前だったり、呼び捨てだったりで呼んでくれたり、しませんかっ……!?」
そう頼んでから、ハッとした。
女子のこと名前で呼ぶの、抵抗あるって言ってたのに…………私ってば……。
サーッと、顔の熱が引いていった。
「い、嫌だったらいいです! 私、西さんに『蘭さん』って呼ばれるの好きなので!!」
取り繕うようにそう言って笑った私。
西さんは躊躇うような仕草を垣間見せながら、そっと口を開いた。
「…………由美、さん……?」
ずっきゅーん
漫画みたいな効果音とともに、私は心を打たれた。
照れたような表情ともにダイレクトに伝えられた刺激に、ふらりとよろめく。
「わっ……だ、大丈夫っ!?」
慌てて、私の背中に手を回した西さん。
ぎゅっとされてるような姿勢に、ついどきりとしてしまう。
「だいじょぶです……っ!! あの、もういっこワガママ言ってもいいですかっ……?」
抱きとめられたままにへらと笑ってみせると、そのままワガママを言った。
「……私も西さんのこと、久里くんって呼びたいです……っ!!」
頭の中に浮かぶのは、にこにこしながら『久里くん』と告げる場之さんの姿。
「良いよ?……付き合ってるわけだし……ゆ、由美さんの言うことは、叶えてあげたい」
「……あ、ありがとう久里くんっ!!」
照れくさくてつい早口になるけど……久里くんのこと、名前で言うだけでもドキドキする。
それに、嬉しさとかときめきとかが入り混じって、ヘナヘナと腰が抜けてしまった。
「…………校門まで、一緒に行こう?」
私に向けて差し出された手を、そっと取る。
「うんっ……!! ねぇ久里くん。明日も明後日も、私のこと由美って呼んでくれる……?」
臆病になって聞いてしまう。
「当然だよ。 だって僕由美さんの、か……彼氏、だから」
その言葉に安心して、ゆっくりと立ち上がった。
手を引かれるままに、西さんについて行く。
たった一日、されど一日。
普段と同じ数時間の中の、普段と違うときめき。
―――これは、なんでもないはずだった一日の、なんでもないはずの初恋だ。



