チッチッチ。
夜を刻む秒針の音が、病室に響く。
余命一年。そう告げられてから、この音がやけに耳につくようになった。
その一定の音が、時間を確実に削っていくように感じられた。
天井を見つめ、布団を引き上げて目を閉じた。瞼の裏に広がる暗さは、眠りをもたらしてはくれなかった。
人間は、いつか死ぬ。
そんな当たり前のことが、
今になってやけに胸に重くのしかかる。
「死ぬまでにやりたいこと」
——紙にそう書き、ペン先が止まった。
白い余白だけが広がったままだった。
思い残すことが無いわけじゃない。
やりたいことだって、きっとある。
けれど、それを書こうとすると、すぐにその先を考えてしまう。
未来を思い描くことが、そのまま終わりへとなぞることになる。
布団を口元まで引き寄せ、浅く息を吐いた。
はぁ。
今日も、同じ一日だ。
少しツンとするアルコールの香りの中で、変わり映えのしない入院食を流し込む。
薬を飲み、ぼんやりと過ごすうちに日が暮れる。
こうして時間だけを消費する日々を、「生きている」と言えるのだろうか。
答えを出す気力もなくて、思考を無理やり閉じた。
そのとき、カーテンがひらりと揺れた。
わずかな隙間から、夜の光が差し込む。
やわらかな月明かりが、白いベッドを照らしていた。
無機質だった病室が、一瞬だけ別の場所に見えた。
窓の向こうには、解き放たれたような空。
——これを、描いていたら。
そう思った瞬間、胸の奥がほんの少しだけ軽くなるような気がした。
理由はもう、分かっていた。
絵を描く間だけは、何も考えなくて済む。
死も、未来も、痛みも。
色を重ね、形取っていくその間だけ、世界は絵で満たされる。
現実から逃げているだけだと、分かっている。
それでも、逃げ場があるだけで、まだ息をしていられる気がした。
体を起こし、布団から足を出す。
床の冷えが、足裏からじわりと伝わってきた。
四月の夜は、まだ寒い。
パーカーを羽織り、絵の具と筆を鞄に放り込む。病室の扉をそっと閉めると、静かな廊下の蛍光灯が僕だけを照らしていた。
見つかったら、きっと怒られる。
連れ戻されて、ベッドに横たわって、また「何もない時間」に戻る。
一瞬、足が止まる。
それでも、考えるより先に体が動いた。
冷たい手すりを掴み、階段を上がる。
息が少し苦しい。
けれど、今はどうでもよかった。
扉へ手を伸ばす。
そっと小さく息を吸って、力を込めて押した。

