朝目を覚まして枕元のスマホに手を伸ばすと今日は13日だった。
一瞬緊張して息を詰まらせたあと、今日は私じゃないと思い出してホッとため息を吐き出す。
いつもの朝と同じようにゆっくりベッドから起きてクローゼットを開けて今日の服はなににしようかと頭を悩ませる。
私が通っている虹色小学校は服装自由な学校なので、オシャレな子は毎日のように違う服を着てくる。
だけど私はできるだけ動きやすい格好をするのが好きだから、ズボンの長さとか色を選ぶだけのことが多い。
今日のトップスはお気に入りのボーダー柄のTシャツだ。
黒いボーダー柄Tシャツに夏っぽく白いズボンを選んで着替えを済ませ、ランドセルを持ってダイニングへと向かうとすでに朝ごはんの準備が整っていた。
「汐里、今日ママもパパも早く行かなきゃいけないから、汐里も早めに支度してね」
せわしなくグラスにミルクをそそぎながらママが言う。
私のママは子供服のデザイナーをしていて、パパは金融機関に務めている。
ふたりとも今日は忙しいみたいだ。
私はママが準備してくれたこんがり焼けたパンをミルクで流し込みながら、新聞に視線を落としたまま食事をするパパへ視線を向けた。
パパは私の視線に気が付いたように顔を上げて、にっこりと笑ってみせた。
「学校は楽しいかい?」
「うん。楽しいよ」
5年3組のクラスでは女の子ばかりの4人グループの中にいる。
一軍とまではいかないけれど、みんな可愛くてオシャレな子ばかりだ。
その中で私は地味な方だけれどこのTシャツやズボンはママがデザインしたものだから、着て行けばみんなの注目を浴びる。
そのくらい、私のママは子供服業界では有名なデザイナーだった。
動きやすくて可愛くて、価格もリーズナブルな服を。
それがママがいつも考えていることだった。
「それはよかった」
パパはそれだけの短い会話を終えると時間を気にして立ち上がった。
「それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいパパ」
パパを見送って出かける準備を済ませた私はいつもより少し早い時間に、ママと一緒に家を出た。
「帰りはいつも通りだと思うから」
「わかった。じゃあ行ってらっしゃい」
「汐里も行ってらっしゃい」
玄関先でママを別れて私は小学校へと向かう。
早い時間のせいで他の生徒たちの姿はほとんど見ないまま学校の前までやってきた。
校門前に同じクラスの中本翔太くんが立っていることに気が付いて心臓がドキンッと跳ねる。
翔太くんはサッカークラブに所属していて、学年内で一番カッコイイと噂の子だった。
そんな翔太くんとは1年生のときも同じクラスで、他の子たちよりも少しだけ仲良くなれていると思っている。
「お、おはよう」
声をかけると翔太くんは困り顔でこちらを向いて「おはよう」と力なく答えた。
「こんなところで、誰か待っているの?」
「汐里ちゃんを待ってたんだ」
「え、私を?」
驚きと同時に頬が熱くなるのを感じる。
翔太くんが私を待ってくれていたなんて、なんの用事だろう。
「実は今日明美ちゃんが休みなんだって。風邪を引いたって連絡がきたんだ」
「あ、そうなんだ」
明美ちゃんは私の前の席の女の子だ。
華奢で食が細く、運動をするとすぐに息切れしてしまう子で、あまり体も強くないのだと聞いていた。
「それで、今日は僕と明美ちゃんが日直当番だったんだけど、女子の順番がひとりズレるんだよ」
5年3組の日直当番は席順で決められている。
廊下側の一番前の席の女子1人と、ベランダ側の一番前の席の男子1人から順番に後ろまで行って、最後の人が終わると次の列の一番前の人からまた順番に日直当番になる。
他のクラスでは背の順だったり出席番号順だったりするらしい。
「それじゃ明美ちゃんの後ろの席の私が今日の日直当番になるってこと?」
聞くと翔太くんは小さく頷いた。
翔太くんと同じ日に日直当番になれるなんて!
今日だけは話す機会もずっと多くなるということだ。
嬉しくて飛び跳ねてしまいそうになったとき、今日の日付を思い出してしまった。
13日。
そうだった。
今日は13日なんだ。
だから翔太くんはさっきから気まずそうな表情でこちらを見ていたんだ。
どうして今まで気が付かなかったんだろう。
気が付いた瞬間にさっきまで熱かった体が急速に冷えていくのを感じる。
「汐里ちゃん大丈夫? 顔色が悪いけど……」
「だ、大丈夫だよ」
今から家に帰っても鍵がなくて入ることもできない。
それに翔太くん1人に今日の日直当番を任せるわけにはいかなかった。
ゴクリと唾を飲み込んで気合を入れて、校舎へ向けて歩き出す。
せっかく憧れの翔太くんと二人きりなのに会話がなく、重たい沈黙がのしかかってくる。
5年3組にはこんな言い伝えがあった。
毎月13日の日直当番には守らないといけないルールがある。
このルールは先生も知らないことなで、黙っていなければいけない。
ルールその1、日直ノートにある《お休みのお友達》欄に必ず書かないといけない名前がある。
その名前の子がクラスの中にいなくても、絶対に書かないといけない。
ルールその2、日直ノートの《今日の反省》欄には誰の名前も書いてはいけない。海底委のは『ごめんなさい』という言葉のみ。
ルールその3、日直ノートの《今日の授業》欄に書いた覚えのないものが書かれるときがある。その文字を発見したときは出席しているクラスメート全員で昼休み中に黙とうしなければならない。
誰が決めたルールなのか、誰が始めたルールなのか全くわららないけれど、5年3組に進級したときになぜか全員がこのルールを知っていた。
そしてそれは必ず守るものだということもわかっていたし、3つのルールのどれかひとつでも破ってしまったら、そのとき日直当番になっているふたりがいなくなってしまうということも、なぜか知っていた。
他のクラスにそれとなく13日の日直のルールについて質問しても、特になにもないようで、私たちのクラスにだけ存在している特別なものだということがわかった。
「職員室によって日直ノートを取ってこなきゃ」
翔太くんが重たい声で呟く。
「うん。そうだね」
廊下を歩く足が急に重たくなったように感じられる。
日直ノートを手に取れば、今日の日直当番が始まってしまう。
3つのルールを守るだけでいいんだからと自分に言い聞かせてどうにか重たい足を職員室へと向ける。
翔太くんが前に立って職員室のドアをノックしてくれた。
ドアに近い場所にいた先生が開けてくれて、学年と日直当番だということを告げると、5年3組の日直ノートを持ってきてくれた。
翔太くんが先生にお礼を行って日直ノートを受け取る。
そのノートからは不穏な雰囲気が流れ出てきているように思えてふたりで顔を見合わせた。
これから今日1日このノートに授業内容や先生への連絡事項などを記入していかなきゃいけない。
せっかく翔太くんとふたりで日直当番になれたのに、私は重たい気分で教室へと向かったのだった。
一瞬緊張して息を詰まらせたあと、今日は私じゃないと思い出してホッとため息を吐き出す。
いつもの朝と同じようにゆっくりベッドから起きてクローゼットを開けて今日の服はなににしようかと頭を悩ませる。
私が通っている虹色小学校は服装自由な学校なので、オシャレな子は毎日のように違う服を着てくる。
だけど私はできるだけ動きやすい格好をするのが好きだから、ズボンの長さとか色を選ぶだけのことが多い。
今日のトップスはお気に入りのボーダー柄のTシャツだ。
黒いボーダー柄Tシャツに夏っぽく白いズボンを選んで着替えを済ませ、ランドセルを持ってダイニングへと向かうとすでに朝ごはんの準備が整っていた。
「汐里、今日ママもパパも早く行かなきゃいけないから、汐里も早めに支度してね」
せわしなくグラスにミルクをそそぎながらママが言う。
私のママは子供服のデザイナーをしていて、パパは金融機関に務めている。
ふたりとも今日は忙しいみたいだ。
私はママが準備してくれたこんがり焼けたパンをミルクで流し込みながら、新聞に視線を落としたまま食事をするパパへ視線を向けた。
パパは私の視線に気が付いたように顔を上げて、にっこりと笑ってみせた。
「学校は楽しいかい?」
「うん。楽しいよ」
5年3組のクラスでは女の子ばかりの4人グループの中にいる。
一軍とまではいかないけれど、みんな可愛くてオシャレな子ばかりだ。
その中で私は地味な方だけれどこのTシャツやズボンはママがデザインしたものだから、着て行けばみんなの注目を浴びる。
そのくらい、私のママは子供服業界では有名なデザイナーだった。
動きやすくて可愛くて、価格もリーズナブルな服を。
それがママがいつも考えていることだった。
「それはよかった」
パパはそれだけの短い会話を終えると時間を気にして立ち上がった。
「それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいパパ」
パパを見送って出かける準備を済ませた私はいつもより少し早い時間に、ママと一緒に家を出た。
「帰りはいつも通りだと思うから」
「わかった。じゃあ行ってらっしゃい」
「汐里も行ってらっしゃい」
玄関先でママを別れて私は小学校へと向かう。
早い時間のせいで他の生徒たちの姿はほとんど見ないまま学校の前までやってきた。
校門前に同じクラスの中本翔太くんが立っていることに気が付いて心臓がドキンッと跳ねる。
翔太くんはサッカークラブに所属していて、学年内で一番カッコイイと噂の子だった。
そんな翔太くんとは1年生のときも同じクラスで、他の子たちよりも少しだけ仲良くなれていると思っている。
「お、おはよう」
声をかけると翔太くんは困り顔でこちらを向いて「おはよう」と力なく答えた。
「こんなところで、誰か待っているの?」
「汐里ちゃんを待ってたんだ」
「え、私を?」
驚きと同時に頬が熱くなるのを感じる。
翔太くんが私を待ってくれていたなんて、なんの用事だろう。
「実は今日明美ちゃんが休みなんだって。風邪を引いたって連絡がきたんだ」
「あ、そうなんだ」
明美ちゃんは私の前の席の女の子だ。
華奢で食が細く、運動をするとすぐに息切れしてしまう子で、あまり体も強くないのだと聞いていた。
「それで、今日は僕と明美ちゃんが日直当番だったんだけど、女子の順番がひとりズレるんだよ」
5年3組の日直当番は席順で決められている。
廊下側の一番前の席の女子1人と、ベランダ側の一番前の席の男子1人から順番に後ろまで行って、最後の人が終わると次の列の一番前の人からまた順番に日直当番になる。
他のクラスでは背の順だったり出席番号順だったりするらしい。
「それじゃ明美ちゃんの後ろの席の私が今日の日直当番になるってこと?」
聞くと翔太くんは小さく頷いた。
翔太くんと同じ日に日直当番になれるなんて!
今日だけは話す機会もずっと多くなるということだ。
嬉しくて飛び跳ねてしまいそうになったとき、今日の日付を思い出してしまった。
13日。
そうだった。
今日は13日なんだ。
だから翔太くんはさっきから気まずそうな表情でこちらを見ていたんだ。
どうして今まで気が付かなかったんだろう。
気が付いた瞬間にさっきまで熱かった体が急速に冷えていくのを感じる。
「汐里ちゃん大丈夫? 顔色が悪いけど……」
「だ、大丈夫だよ」
今から家に帰っても鍵がなくて入ることもできない。
それに翔太くん1人に今日の日直当番を任せるわけにはいかなかった。
ゴクリと唾を飲み込んで気合を入れて、校舎へ向けて歩き出す。
せっかく憧れの翔太くんと二人きりなのに会話がなく、重たい沈黙がのしかかってくる。
5年3組にはこんな言い伝えがあった。
毎月13日の日直当番には守らないといけないルールがある。
このルールは先生も知らないことなで、黙っていなければいけない。
ルールその1、日直ノートにある《お休みのお友達》欄に必ず書かないといけない名前がある。
その名前の子がクラスの中にいなくても、絶対に書かないといけない。
ルールその2、日直ノートの《今日の反省》欄には誰の名前も書いてはいけない。海底委のは『ごめんなさい』という言葉のみ。
ルールその3、日直ノートの《今日の授業》欄に書いた覚えのないものが書かれるときがある。その文字を発見したときは出席しているクラスメート全員で昼休み中に黙とうしなければならない。
誰が決めたルールなのか、誰が始めたルールなのか全くわららないけれど、5年3組に進級したときになぜか全員がこのルールを知っていた。
そしてそれは必ず守るものだということもわかっていたし、3つのルールのどれかひとつでも破ってしまったら、そのとき日直当番になっているふたりがいなくなってしまうということも、なぜか知っていた。
他のクラスにそれとなく13日の日直のルールについて質問しても、特になにもないようで、私たちのクラスにだけ存在している特別なものだということがわかった。
「職員室によって日直ノートを取ってこなきゃ」
翔太くんが重たい声で呟く。
「うん。そうだね」
廊下を歩く足が急に重たくなったように感じられる。
日直ノートを手に取れば、今日の日直当番が始まってしまう。
3つのルールを守るだけでいいんだからと自分に言い聞かせてどうにか重たい足を職員室へと向ける。
翔太くんが前に立って職員室のドアをノックしてくれた。
ドアに近い場所にいた先生が開けてくれて、学年と日直当番だということを告げると、5年3組の日直ノートを持ってきてくれた。
翔太くんが先生にお礼を行って日直ノートを受け取る。
そのノートからは不穏な雰囲気が流れ出てきているように思えてふたりで顔を見合わせた。
これから今日1日このノートに授業内容や先生への連絡事項などを記入していかなきゃいけない。
せっかく翔太くんとふたりで日直当番になれたのに、私は重たい気分で教室へと向かったのだった。



