事務所に着くと、控え室の扉が勢いよく開いた。

「遅ぇ、七海」

「ご、ごめんなさい……放課後、先生に呼ばれて……」

 玲央は机に片肘をつきながら、
 じっと私を見た。

 その視線が……どこか冷たい。

「“先生”ねぇ」

「え……?」

「……あっそ」

(……なんか……機嫌悪い?)

 玲央は立ち上がらず、視線だけで私を追ってくる。
 黒目がいつもより深い。
 射抜くみたいに強い。

「……なんで顔赤いの?」

「えっ? 赤く……ない……!」

「嘘。
 誰と喋ってた?」

「だ、誰って……先生……」

「……ふーん」

 玲央はゆっくり立ち上がって、
 ソファの背に片手を置く。

 近づいてくる。
 一歩、一歩。

(え、ちょ……近い……)

 逃げるように後ずさると、
 玲央は壁に手をついて私を囲んだ。

「先生と何話してた?」

「な、なんでそんな詰めるように……!」

「気になる」

 それは短くて、
 だけど熱を帯びた声だった。

「ただ……新しい担任のこととか、授業の話とか……」

「それだけ?」

「ほ、ほんとにそれだけ……!」

「ほんとーに?」

 玲央の顔が近づく。
 昨日キスされた距離。

(だ、だめ……また思い出して……)

「七海」

「……なに……?」

「お前、今日……匂い違う」

「っ!!!?」

「ひっでぇ顔してるな。
 先生と話したあとって、いつもそうなんの?」

「いつもじゃ……!」

「顔、赤い。
 目がちょっと潤んでる」

(み、見られすぎ……!!)

「……それ、俺以外の男の前で、すんなよ」

「えっ……」

「嫌だ」

 玲央は額をくっつけるようにして、
 私の目を覗き込んだ。

「……すげぇ嫌」

 低くて震えるような声。

(玲央くん……こんな顔……)

「七海、説明」

「えっ……せ、説明って……」

「先生と、どういう関係?」

「どういうって……ただの先生と生徒……」

「昨日、お前の名前呼んだの聞いた」

(あ……昨日ぶつかったとき……)

「“七海?”って。
 ……なんでだよ」

 玲央の目が細くなる。

「……なんで先生がお前の名前、あんな言い方で呼ぶんだよ」

「昔……知り合いだっただけで……」

「昔? 知り合い?
 ……それ、どういう意味」

(やば……昨日のこと、覚えられてた……)

 玲央は一度まぶたを閉じて、
 小さく息を吸った。

 言葉を抑え込むみたいに。

「……なあ七海」

「……はい……?」

「俺のこと見てる時の顔と、
 今日、先生の話した時の顔……」

「……っ」

 ゆっくりと、私の手首を指でなぞりながら言う。

「同じだったら……俺、ムカつく」

「ムカつくって……」

「当たり前だろ。
 落としゲームの最中なんだから」

「っ……!」

 そう言って、玲央は私の手を強く引き寄せた。
 胸がぶつかりそうな距離で囁く。

「……七海は、俺が落とす。
 他の男……特に“先生”にかっさらわれるとか、絶対ないからな」

「玲央くん……」

「覚悟しとけ。
 俺、負けんの嫌いだから」

 手首に添えられた玲央の指が、
 まるで“ここにいて”と主張するみたいにあたたかかった。

 胸の奥がずきっと震える。

(先生の優しさと……玲央くんのこの独占欲……
 全然ちがう……)

 その違いに、
 私はまた心を揺らしてしまった。