(電話……出るなよ)

 七海のスマホに“先生”の名前が表示された瞬間、
 胸の奥が冷たくなるほどムカついた。

(なんで……
 なんであいつが、こんなタイミングで七海に電話すんだよ)

 七海が指先を震わせて画面を見つめるのが分かる。

(……出んなよ
 出るな……七海)

 七海の心が揺れたのが、
 痛いほど伝わってくる。

 出ようとした七海の手を掴んだのは、
 衝動だった。

(やっぱ無理だわ)

 猶予なんて、やっぱりいらなかった。

(七海が迷う時間が長けりゃ長いほど……
 先生のほうに傾くかもしれねぇじゃんかよ)

 七海の視線が、
 ほんの少し“先生”に向いている気配がするたび、
 胸がざわざわした。

(俺のこと考えてるだろ?
 昨日の告白……七海の中でまだ熱残ってるだろ?
 それ全部……先生に取られんのマジで無理)

 七海が苦しそうに唇を噛む。

 その顔を見るだけで、
 待つなんて選択肢がどんどん消えていく。

(七海……
 早く俺のほう向けよ……)

「帰り道くらい俺だけ見ろよ」

 言った瞬間、
 自分の声が少し震えているのが分かった。

(俺……こんなに……
 七海に必死になってんのかよ)

 七海が“玲央くん……”と弱く呼ぶ。

 その声が、
 すべての不安を一瞬で溶かした。

(分かってんだろ七海……
 お前の心、もうだいぶ俺のほう向いてんの)

 でもそれでも、
 胸の奥の焦りは消えなかった。

(……やっぱ待てねぇよ)