落とされる気なんてなかったのに

玲央くんに手を引かれたまま、
 私は校舎の外へ連れ出された。

(どうしよう……
 先生、あんな顔してた……)

 振り払えなかった。
 拒めなかった。

 玲央くんの手は温かくて、
 握り返すたび胸が苦しくなる。

「七海、どっか寄ってく?」

「え……今日……?」

「帰りづらいだろ、あのままだと」

 図星だった。

(先生に……どうしていいか分からない……)

 そんな七海の気持ちを、
 玲央くんは全部見抜いていた。

「七海」

「……うん」

「迷ってんの、バレバレ」

「……っ」

「でもな」

 玲央くんは少し笑って、
 私の手をそっと自分の胸に触れさせる。

「俺の前で迷う顔すんの……嫌いじゃねぇよ」

「……!」

「それだけ、俺のこと考えてるって証拠だから」

(ズルいよ……そんな言い方……)

 胸が熱くなって、
 言い返せなかった。

「七海」

 名前を呼ばれるたび、
 心臓が跳ねて苦しい。

「今日、帰り道……俺だけ見てろよ」

(そんな……)

「……うん」

 言わされてしまった。
 でも、嫌じゃなかった。

***

 胸ポケットでスマホが震える。

 画面を見ると——

《はるま先生》

(っ……!
 なんで……今……!?)

「誰」

「え、あ……」

 玲央くんが覗き込む。
 私は慌てて画面を隠したけど、
 玲央くんの目はすでに見てしまっていた。

「……先生か」

「ち、違……」

「違うの?」

「……違わないけど……っ」

 玲央くんの表情が僅かに陰った。

「出んなよ」

「え……」

「今、俺と一緒にいんのに
 他の男の電話出んな」

「せ、先生は……その……」

「“先生”であってもだよ」

 声は低いのに、
 怒っているわけじゃなくて、
 “俺を選べ”と静かに迫るような響き。

(どうしよう……出たほうが……)

 そう思って指に力が入った瞬間——
 玲央くんの手が私の手首を掴む。

「七海」

 触れるだけじゃない、
 “止める”強さ。

「出たら……俺、聞きたくねぇこと聞くかもしれねぇぞ」

「っ……」

 胸がざわついた瞬間、
 電話は切れた。

(先生……)

 画面に残る“着信に気づいていますか?”の文字が痛い。

「七海」

「……なに……?」

「帰り道くらい……俺だけ見ろよ」

 玲央くんの声が、
 胸の奥にじんわり落ちた。

(……どうして私は……
 どんどん玲央くんに傾いていくの……)