落とされる気なんてなかったのに



 放課後の廊下で、
 三人の視線が交差した。

(七海……
 お前、どっち向くんだよ)——玲央

(七海……
 俺に背を向けないでくれ)——先生

(どうして……
 どっちの手も、振り払えないの……)——七海

「七海……」

 先生の声は、
 今まで聞いたどんな声より “弱い” 声だった。

 胸が締め付けられる。

「行かないでくれ……とは言えないけれど……
 でも……少しだけ話を——」

 その時、
 玲央くんが七海の肩を引き寄せた。

「悪いけど、七海借りるんで」

「玲央……さん——」

「先生、“七海が困ってる”の、見えねぇの?」

 その一言で、
 先生の表情がほんの一瞬だけ揺れた。

(二人とも……
 もうやめて……)

 七海の心の叫びとは裏腹に、
 玲央の手がしっかりと七海を抱き寄せる。

「七海、行こう」

 七海は——
 拒否しなかった。

 その瞬間、
 先生は小さく息を呑み、
 ほんの一歩だけ、後ろへ下がった。

(……先生……)

 玲央くんは七海の手を握り、
 廊下の先へ連れ出した。

(どうして……
 こんなに胸が痛いのに……
 玲央くんの手を、離せないの……)

 胸の中で、
 三者三様の痛みが、
 静かに交差したまま消えなかった。