翌日の朝。
 学校へ向かう足取りは、
 いつもよりもゆっくりだった。

(どうしよう……
 先生に顔、どうやって合わせたらいいの……)

 昨日の玲央くんの告白。
 胸があたたかくなると同時に、
 先生の顔が頭にちらついて苦しくなる。

(先生に……何も言ってないのに……
 玲央くんの告白、受け止めちゃった……)

 ううん。
 “返事”はしてない。
 でも……玲央くんの想いを受け取って、
 胸が温かくなってしまったのは事実で。

(それが……罪悪感みたいに胸を刺す……)

***

 教室に入った瞬間、
 いつも通りの喧騒が耳に飛び込む。

「おはよー七海!」

「おはよ……」

 笑顔を返しながら、
 心臓は落ち着かないまま。

(昨日……玲央くんと屋上にいたこと……
 誰にも知られてないよね……?)

 でもそんな不安も束の間。

「おはよ」

 低くて甘い声が耳のすぐそばで響いた。

「……っ!」

 こんな至近距離でその声がするなんて、
 ここ最近ではありえない。

 顔を上げると——

「おはよ、七海」

 玲央くんが立っていた。

 黒いマスクに帽子にフード。
 完全に変装だけど、
 隠しきれてない目元のかっこよさに胸が跳ねる。

「あ……おはよ……」

 小さく返すと、
 玲央くんは人目を気にしながら少しだけ身を寄せてきた。

「昨日、ちゃんと帰れた?」

 優しい声。
 あの屋上の続きのようで胸が熱くなる。

「……うん……」

「そっか」

 玲央くんの目が、
 “昨日告白した相手”の目になっていた。

(やめて……
 そんな顔されたら……
 周りの友達に気づかれちゃう……)

「七海、後で少し話あるから」

「っ……学校で?」

「場所は変えるけど。
 顔、見てねぇと落ち着かねぇから」

(……っ)

 胸がくすぐったくなるように熱くなった。

***

 そのまま席に向かおうとした時——

「七海」

「っ……!」

 後ろから名前を呼ばれた。

 振り返ると、
 はるま先生が数枚のプリントを持って立っていた。

「昨日より……顔色良さそうですね」

「……はい」

 先生は微笑んで見せるけれど、
 その笑顔の奥には不安が滲んでいる。

(先生……
 昨日の屋上のこと、絶対気づいてる……)

「……話、聞きますからね」

 小さな声でそう言われる。

(だめ……そんな優しく言われたら……)

 胸が罪悪感でいっぱいになり、
 視線を合わせられなくなる。

「七海……?」

「あ……ごめんなさい……大丈夫です」

 笑って見せると、
 先生はほんの少しだけ目を伏せた。

(あ……気づいてる……
 私が“笑えてない”って……)

 その顔を見るだけで、
 胸がぎゅっと痛む。

(玲央くんのこと……
 昨日の告白……
 もしも先生が知ったら……)

 そう思った瞬間、
 玲央くんが近くを通りながら
 指先でさりげなく七海の手をかすめた。

(っ……!)

 それだけで胸が跳ねる。

 先生の視線がこっちへ向く。

(や……やばい……)

 同時に、
 玲央くんが小さく七海の背中を押すように
 教室の奥へ去っていった。

(なんで……
 玲央くん、そんな自然に触れるの……
 先生が見たら……)

 罪悪感、戸惑い、嬉しさ——
 全部が混じって胸が乱れる。

(どうしよう……
 私、昨日よりも……
 玲央くんのことを考えてしまってる……)