落とされる気なんてなかったのに

七海を先生の手から奪ったとき、
 胸の奥で何かが爆ぜた。

(七海を……
 先生に取られるわけにはいかねぇ)

 抱き寄せた七海は、
 軽く震えていた。

 その震えが胸に触れた瞬間、
 自分の中にあった理性はほとんど消えた。

(七海……
 俺の腕の中じゃねぇと、こんな顔すんな)

***

 七海を抱いた時の、
 小さな肩の温かさ。
 胸に当たる柔らかい感触。
 腕の中で吸い込まれる弱い呼吸。

(こんなの……
 手放せるわけねぇだろ)

 七海が涙をこらえるように
 俺の胸に額を押しつけた瞬間、

(……七海の泣き顔……
 他の男に見せんなよ)

 本気で思った。

***

 昨日までと違う。
 七海の髪からする香り——
 “俺の胸に抱かれた”あの日の匂いがまだ残っている。

(この匂い……
 俺だけが知ってればいい)

 独占欲だけじゃなく、
 もっと深い感情が胸に沈んでいく。

(七海……
 お前が泣くなら……
 俺に預けろ)

 本気でそう思った。

***

 七海を連れて歩き出す瞬間、
 背中に先生の熱い視線を感じた。

(見てろよ……先生)

 七海の手を握り直し、
 ぎゅっと引き寄せる。

(七海は……
 俺が奪い返す)

 どんな形でもいい。
 どれだけ嫌われてもいい。

(俺のものにする)

 その決意が、
 七海を抱く腕の強さにそのまま表れた。

***

 帰り道、
 七海の指が俺の指に触れた瞬間。

(七海……
 お前……俺のこと……拒んでねぇよな)

 七海の体温は、
 優しくて、弱くて、
 俺の心を狂わせるほど愛しくて。

(七海……
 離れんなよ)

 胸の奥で繰り返していた。