放課後、帰ろうとしたときだった。

「七海」

　いつもの低い声に、
　胸がぎゅっと締めつけられた。

「昨日……泣いた理由、
　まだ言ってねぇよな」

「っ……！」

　図星だった。
　七海は目を逸らす。

「言えよ。
　七海の涙……俺、放っとけねぇから」

　玲央くんが
　“優しく強引に迫る声”を出すとき、
　胸が苦しくなる。

「昨日の……あれは……」

「俺のせいか？」

「っ……違……
　違うけど……玲央くんと、先生のことで……」

　七海が言い終わる前に──

　玲央くんの表情が
　少しだけ苦しそうに揺れた。

「……マジかよ」

　その声は、
　いつもの強気じゃなくて、
　胸を掴むような弱さがあった。

　玲央くんは近づいて、
　七海の頬に指を触れた。

「七海……
　俺のことで泣くのは……嫌だ」

「……っ」

「でも……
　先生のことで泣く方が、もっと嫌だ」

　その一言だけで、
　七海はまた涙がにじんだ。

「七海。
　俺……お前に言いたいこと……あるんだけど」

　玲央くんの声が震える。

（え……
　今……言うつもり……？）

　胸が跳ねる。

　そのとき、
　階段の上から先生の声がした。

「七海」

「っ！」

　玲央くんは舌打ちし、
　七海の手を引いて壁際に寄せる。

　先生は少し息を切らしながら近づいてきた。

「七海……今日、本当に大丈夫なのか？」

「だ、大丈夫です……」

　玲央くんの指が
　七海の手をぎゅっと掴む。

（やめて……
　二人の前で、こんな……）

　でも先生の視線は、
　七海じゃなく“玲央”へ向けられていた。

「君……
　七海の涙の理由になってないだろうな」

「……は？」

　空気が凍る。
　二人の視線がぶつかる。

（やめて……やめてよ……）

　七海の胸は苦しさでいっぱいだった。

＊＊＊

「七海」

　玲央くんは、
　先生の目の前で七海の手を握りしめた。

「さっき言おうとしてたこと……
　ちゃんと言っとく」

「え……」

　顔が近づく。
　鼓動が跳ねる。

「七海……
　俺は——」

「っ！？」

　先生の足音が近づき、
　七海は思わず身をすくめた。

　玲央くんは悔しそうに息を吐く。

「……後で言う。
　絶対逃げんなよ」

　その言葉で七海の胸はまた跳ねた。

（後でって……
　本気で……言うつもり……？）

　今の七海には、
　その重ささえ抱えきれなかった。

＊＊＊

「七海……
　本当に、何かあったなら言ってくれ」

　先生の声は、
　優しいのに苦しそうで。

（どうして……
　二人とも……こんな顔するの……）

　七海の心はもう限界に近づいていた。

（私……
　本当に……どうしたらいいの……？）