七海が「泣いてない」と言っても、
 どうしても信じられなかった。

 だって、声が震えていた。
 メッセージの句読点でさえ、いつもと違った。

(……泣いてたよな、絶対)

 七海は心が弱ってるとき、
 “強がり”になる。

 その癖を、
 俺はもうちゃんと知ってしまっていた。

***

 校門の陰から七海が現れたとき、
 心臓が一瞬で締めつけられた。

(……目、赤いじゃん)

 腫れた目の下。
 泣いたあとの独特の顔。

(やっぱり昨日……泣いてたんだ)

 胸がギリッと痛んだ。

(なに……
 誰のせいで泣いた?)

 問い詰めたくなるほどの感情が、
 胸から喉までこみ上げる。

 でも七海は、気づいてほしくないみたいに
 目をそらしていた。

(七海……
 なんで俺から隠すんだよ)

 苦しかった。

***

「七海、おはよう」

(……くそ)

 七海の横に立つ先生の声で、
 七海の肩がびくっと震えた。

(お前のせい、じゃねぇだろうな)

 七海が昨日“沈黙”した相手。

 あれが俺の中で
 どうしても引っかかっていた。

(七海の泣いた理由に、
 先生が関係してたら……
 俺は絶対許さねぇ)

 そんな感情が胸を焼いた。

***

 先生は七海の顔を見るなり、

「……目が赤いな」

 と、低い声で言った。

(……お前に言われたくねぇんだよ)

 七海はうつむいて何も言えなかった。

(なんで黙るんだよ
 昨日は俺に泣き声隠して、
 今日は先生にも隠して……
 そんな顔、俺だけに見せろよ)

 胸がじりじりと焦げ付くように痛んだ。

***

 放課後、七海と言い合いになったあと。
 七海がぽつりとこぼした言葉。

「……玲央くんと先生のことで……
 なんか……苦しくなって……」

 その瞬間。

(は……?)

 頭の奥で、
 何かがひび割れた。

「俺と……先生のせいで泣いたってこと?」

 七海は黙る。
 その沈黙が答えだった。

(……マジかよ)

 誰かに振られたとか、
 友達と喧嘩したとか、
 そういう涙ならまだよかった。

 でも、

俺と、先生のことで泣いた。

 七海自身がそう言った。

(……七海。
 そんな涙、俺、見たくなかった)

 胸が抉られるように痛くなる。

(先生なんかのことで……
 泣くなよ……)

 自分でも驚くほど嫉妬が押し寄せた。

(全部俺のせいじゃん……
 ほんとにどうすんだよ)

 七海が泣くなら、
 その理由は俺が引き受けたい。

 七海が苦しむなら、
 その痛みは俺が全部奪ってやりたい。

 でも——

(七海の涙の理由に“先生”がいるのが
 一番ムカつく)

 その本音は隠せなかった。

***

……でも“触れ方”が分からない。

 俺は七海を笑わせる自信はある。
 ドキドキさせる自信もある。

 でも“泣き顔を救う方法”だけは、
 どうしても分からなかった。

(泣き顔なんか……
 俺に見せるなよ)

 言いそうになって、
 飲み込んだ。

(違う……言いてぇのはそれじゃねぇ)

 本当は。

(泣いていいから、俺に言えよ。
 俺が拭くから)

 あの夜のメッセージのままの気持ちだった。

 だけど七海は、
 泣いた本当の理由を
 なかなか俺に言ってくれなかった。

(七海……
 お前、俺をどこまで不安にさせるんだよ)

 七海の涙は、
 俺の心を一撃で壊す。

 それを、
 七海はまだよく分かっていないんだ。