校門の影から七海が見えた瞬間、
 胸がつかまれたように痛んだ。

(先生と……一緒に帰ろうとしてんのか?)

 七海の横で優しく話す男。
 教師だと分かっていたけど、
 どうしても冷静ではいられなかった。

 七海は俺に気づくと、
 びくっと肩を震わせた。

(その反応……
 俺じゃなくて“その男”を気にしてんじゃねぇよ)

 胸の奥で、
 焼けるみたいな苛立ちが広がった。

「七海、来いよ」

 気づいたら言葉より先に体が動いていた。

(奪いに行かねぇと……
 先生に持っていかれそうでムカつく)

***

 先生に「知り合いか?」と聞かれた七海は、
 なぜか沈黙していた。

(なんだよ……なんで黙るんだよ)

 その数秒が、
 俺の中に最悪の想像を生んだ。

(まさか……
 “特別な存在”だから黙ってんじゃねぇだろうな)

 胸が苦しくなるほど腹が立つ。

「七海。
 お前……先生に心配されんの嬉しい?」

 問い詰めたのは、
 あの沈黙がどうしても許せなかったからだ。

(……俺の前では、そんな沈黙しねぇくせに)

***

 腕を引いて少し離れた場所まで歩いたとき、
 七海の横に立つ。

 そこで気づいた。

(……昨日の匂いと違う)

 七海の髪に、
 甘いけど俺じゃない“距離の匂い”がついていた。

(誰だよ……
 七海にこんな匂いつけたの)

 胸がズンと沈む。

 昨日、俺の胸にしがみつきながら震えてた七海の香りとは違う。
 柔らかいけど……俺じゃない。

(……先生か)

 想像した瞬間、
 息が詰まるほど苛立った。

(七海は……俺が抱き寄せたときの匂いだけしてりゃいいんだよ)

 心の中で、
 そんなひどい言葉が浮かんでしまうほど悲しかった。

***

 七海の肩をつかんだとき、
 彼女の目が揺れた。

(その目……絶対に“俺だけ”に向いてたはずなのに)

 今は誰を見て揺れてんだ。

 先生か?
 昨日俺がしたキスか?
 迷ってるのか?

(迷ってる時点で……俺の負けじゃねぇかよ)

 七海が「強引に言われたら……」と戸惑っていたとき、
 俺の胸に痛みが広がった。

(……そんな言い方すんなよ。
 強引じゃなきゃ、お前がどっか行きそうなんだよ)

 言葉にできなかったけど。

 本当は。

(怖いんだよ。
 七海が他の男のところに行くのが)

***

「もっと……俺だけ見ろよ」

 そう言ったとき、
 心臓が痛いほど跳ねていた。

 これは“ゲーム”の台詞じゃない。

(俺の努力とか、人気とか、仕事とか……
 そんなもん全部どうでもよくなるくらい)

 七海の目が欲しい。
 七海の呼吸が欲しい。
 七海の心が欲しい。

(七海……
 お前が先生を思い出すだけで……
 胸が苦しくてどうしようもねぇんだよ)

 本当は。

「俺……七海のことで焦ってんだよ」

 これ以上隠すなんて、もう無理だった。

(なぁ七海……
 俺さ……
 もう“落とすゲーム”じゃねぇんだよ)

 気づいてしまった。

(俺が一番先に……お前に落ちてたんだよ)

***

 七海が涙をこらえるみたいに唇を噛んで、
 手の先が小さく震えた瞬間。

(……やっぱり、俺のほう見て揺れてる)

 そう確信した。

(もういい。
 先生とか関係ねぇ。
 七海の迷いも関係ねぇ)

 今の俺の中にあるのは、
 ただひとつ。

(七海が欲しい)

 綺麗事じゃない。

 負けたくないんじゃない。
 闘っているわけじゃない。

(七海の全部を俺がもらっていい理由を、
 今すぐ手に入れたいだけなんだよ)