『ドレスに宿る誓い』―Elara & Lanois 王国を変えた仕立て屋たち―

一方でエルヴィンは、
検問の男が着ている“ほころびた袖”にすぐ気づいた。

(裁縫が貧弱……この男は農民上がりだろう。なら、こう言えば……)

エルヴィンは身を乗り出し、
あえて少し早口で、
慌ただしい商人を演じた。

「お、おいおい! 触るなら気をつけろって!
新しい布地に引っかかったらどうするんだ!市場で高く売れるのに!」

男の表情が変わった。

「……高く?」

「そうだとも! “銀色の布地”は、流行の最前線だぜ!
丈夫で、仕立て直しも簡単なんだ!」

——実際には馬車に銀布など積んでいなかった。

だがその言葉で男の視線は完全に“布の価値”へと逸れた。

「お、おいちょっと見せてみ──」

「今は市場が閉じてるだろ?
今ここで開けたら、逆に市民たちの取り合いになるぜ?
あんた、責任取れんのか?」

男は焦ったように手を引っ込めた。

「……ここで騒ぎが起きるのはまずい……。行け!」

クラウスが小さくウインクして馬を走らせた。

遠ざかる検問を見ながら、
シルヴィアは胸に手を当て、
ようやく息をついた。

「すごい……どうして咄嗟にそんな言葉が出てくるの?」

エルヴィンは笑って見せた。

「人を観察するのが得意なんだ。
昔から“家を継ぐ者は、誰より領民を見ろ”と教えられてきたからね。」

シルヴィアは思わずクスクス笑う。
「エルヴィン様があんなくだけた話し方をするなんて。役者ですわね。びっくりしてしまいました。」