シルヴィアをぎゅっと抱きしめたあと、
眠りにつく彼女を見届けたエルヴィンは、
そっと書斎へ向かった。

戸棚の奥から、
ずっと隠していた古い木箱を取り出す。

中に眠っていたのは──
幼い頃、祖母から譲られた小さなミシン。

「……ずっと封じてきたが」

エルヴィンの胸の奥で
ずっと封じ込められていた想いに
再び灯がついた。

エルヴィンはお祖母ちゃんっ子だった。
刺繍の得意な祖母は
いつも日当たりの良い部屋で
静かに刺繍を刺していた。

幼いエルヴィンは外で遊ぶよりも、
祖母が紡いでいく美しい刺繍を
横で眺めているのが好きな少年だった。

次第に、
見ているだけでは飽き足らず
祖母に教えてもらって刺繍をするように。
さらには当時普及し始めたミシンで
簡単な洋服を作るようにもなった。

次はどんな物を作ろうか、
美しい糸や布を見ながら
祖母と計画をたてるのが、
この上なく楽しい時間だった。

しかしそんな楽しい時間は
無惨にも奪い去られる。
エルヴィンが洋裁に熱中していることを知った母が
エルヴィンを厳しく叱責したのだ。
「そんなお針子の真似事なんて恥ずかしい!伝統ある侯爵家の嫡男がすることじゃないわ。二度とそんなことをしてはだめよ。」

泣きじゃくるエルヴィンの前で、
母はミシンを叩き壊した。

ショックをうけたエルヴィンは
それ以来、
洋裁をすっぱり辞めてしまったのだった。

一緒に洋裁を楽しんだ祖母は
何も言わなかった。
エルヴィンの訪れがなくなっても、
彼女はいつもと変わらずに
刺繍を刺し続けたのだった。

やがて祖母も天国に召され、
祖母の部屋を片付けていた侍女から
声をかけられる。
彼女は重たい木箱を抱えていた。
木箱には祖母の字で
『エルヴィンへ』と書かれている。

彼女からその木箱を受け取ったエルヴィンは
自室に持ち帰って、
そっと蓋を開けた。

そこに入っていたのは
真新しいミシンだった。
『いつかエルヴィンが、本当にやりたいことをやれますように』
そんな手紙も添えられていた。

エルヴィンは祖母の手紙を握りしめ、
静かに涙を流した。
このミシンは祖母との温かな思い出を
思い起こさせてくれる宝物となった。
母に見つからないように、
洋裁への情熱とともに、
本棚の奥に隠していたのだ。