エルヴィンの密かな誓いから
数日後のラノイ邸は、
不気味なほど静かだった。
窓の外からは、
遠く王都のざわめき
——怒号や松明の揺れる光——がかすかに届く。
革命の影は刻一刻と迫っていた。

シルヴィアは寝室の机に置かれた
薬瓶を見つめていた。
撮影で衰弱した身体は
まだ完全には治っていない。
だが、いつまた義母とバイロンが
何かを企んでくるかもしれない。
逃げられない毎日が続くと思うと、
胸の奥が締めつけられそうだった。

そんな時、扉が静かに叩かれた。

「……シルヴィア、入ってもいいか?」

エルヴィンの声だった。

彼はいつもより少し
緊張した面持ちで部屋に入ると、
迷いを振り払うように
深く息を吸い込んだ。

「話があるんだ。」

シルヴィアは胸が跳ねるのを感じながら頷いた。

エルヴィンはしばらく言葉を探し、
しかし途中で諦めたように一歩彼女へ近づいた。

そして——
そっと、彼女の手を取った。

その動作は、
これまでの彼からは考えられないほど
情のこもったものだった。

「身体の具合はどうだ?」
シルヴィアの手を優しく擦りながら、
エルヴィンは尋ねる。

「……もう、大丈夫よ。心配しないで」
かすかに微笑むシルヴィアに、
エルヴィンは切なげに眉を寄せ、
彼女の頬を撫でる。

「信用できないな。
 君は……いつだって弱っているのに笑おうとするから」
その声は震えていて、
シルヴィアは驚いたように目を瞬く。

エルヴィンは言葉を探すように、
しばらく沈黙した。

そして──
ゆっくりと、彼女の手に自身の大きな手を重ねた。

「……シルヴィア。
 君を、この国に置いておくつもりは、もう……ない。」
低く震える声。
シルヴィアの指先を包む手は、
どこまでも温かかった。