リディアのアトリエの一角。
「Elara&Lanois」の小さな試着会は、
まだ知る人ぞ知る…という程度の
ごくごく静かなものだった。

エルヴィンもエラも、
「どうやってブランドを広めていこうか」
「宣伝にお金もかけられないし……」
と悩みつつも、
リディアの協力で試着会を度々開いている。

柔らかな午後の日差しが差し込む中、
数人のお客が作品を手に取っては
「面白いわね」と微笑んでくれる。
そんな穏やかな空気を一瞬で変える存在が、
ふらりと扉を押し開けた。

カラン……

入ってきたのは、
端正な顔立ちに
控えめな光沢のドレスをまとった女性。
けれど、
その気配は“ただの貴婦人”ではない。

エルヴィンの背筋がゾクリとした。

シルヴィアは一瞬目を疑った。

エラは口を開けたまま動けない。

リディアは筆を持ったまま固まった。

この国で最も高貴な女性
——アリス王妃が、そこにいた。

ユーフォルビアではあり得ない光景だ。
王妃が、護衛もほぼつけず、
街角のアトリエに“ふらり”と現れるなんて。

自由で開かれた王室、
ウィステリアだからこその光景だった。

王妃はにこりと微笑むと、
驚きで石化しているエルヴィンへ歩み寄り、
まるで旧友に話しかけるように口を開いた。