***
某所の短編コンテストに出したホラーです
***
大学二年生の夏、須藤藤乃が塾に幼馴染みの菅野葵と、友達の絵里理人を迎えに行くと、二人が飛び出してきた。
「どした」
「藤乃くん、帰ろう。今日泊めて!」
「藤乃さん、僕も泊めてください!」
「二人も寝る場所ねえけど」
飛び出してきた葵と理人は、中学生になったばかりとは思えないほどに怯えた顔で、藤乃にしがみついた。
夏の夜の生ぬるい風が吹き抜けた。
***
葵と理人はそれぞれの親に外泊の連絡を入れた。
何度も振り返る二人を促して、藤乃の一人暮らしの部屋へ向かう。
ドアを開けた途端に、つけたままにしていたエアコンの冷気が藤乃の体を包んだ。
だが二人は、藤乃の両腕にしがみついたまま離れない。
中学生が二人も腕にぶら下がっていればさすがに暑い。藤乃は腕を軽く振ったが、二人は離れようとしなかった。
「とりあえずシャワー浴びてこいよ。汗だくじゃん」
「一緒に来て」
「僕も一人で行きたくないです」
「狭いからヤダよ。どうした、二人して」
葵と理人は青ざめた顔を見合わせた。
それからゆっくり藤乃を見上げる。
「……こっくりさん、してたの」
「こっくりさん? 十円玉にみんなで指乗せるやつ?」
「それです」
「お前ら二人で?」
「……ううん、四人で」
二人は再び顔を見合わせた。
藤乃は小さく息をつき、二人を座らせようとしたが、葵も理人も離れたがらない。諦めてベッドにもたれ、床に胡座をかくと、二人はその両脇にぴたりと寄り添った。そのとき、藤乃の目に二人の腕に鳥肌が立っているのが目に入る。藤乃は小さく息を吐いた。
二人はしがみついたまま、ささやくような声で、何があったかを話し始めた。
***
講師の体調不良で、最後の授業が早めに終わったのだと理人は言った。
薄暗い廊下で二人が藤乃に迎えの連絡をしようとしたところ、葵と理人は顔見知りの隼田と美々香に声をかけられた。
「そっちも迎えが来るまで暇だろ?」
「学校で流行ってるおまじないがあるから、一緒にやろうよ」
二人は葵たちとは別のクラスだそうだ。
葵と理人は特進Sクラス、相手は通常Cクラス。ただ、どちらも葵と同じ小学校の出身で、無碍にもできなかったらしい。
「美々香が理人に気があるのはわかってたから、あんまりやりたくなかったんだけどね」
葵は小さく息をついた。
理人も顔をしかめ、葵を横目で見た。
「僕もです。隼田くんはあからさまに菅野さん目当てでしたから」
「でも、めちゃくちゃ煽られちゃって」
「菅野さん、藤乃さんに似て短気なところがありますから」
「なんで俺のディス入れたんだよ……」
迎えまで三十分以上あったうえ、隼田と美々香が執拗だったため、葵と理人は付き合うことにしたという。
そこで提案されたのが、こっくりさんだったそうだ。
藤乃が顔をしかめたのに気づいたのか、葵と理人は気まずそうに視線を交わした。
「その、私もそういうものがあるっていうのは知ってたけど、やったことはなくて」
「僕は知りませんでした。なんですか、あの気持ち悪いの」
「おまじないっつうか……降霊術らしいけど」
藤乃は言葉を選びかねる。
藤乃自身、詳しいわけではなかった。
「最初は、大した質問じゃなかったんだよ」
「ええ、明日の天気とか、次の塾のテスト範囲とか」
四人は空き教室で一つの机を囲んでいたという。
黒板に消し残されたチョークの粉がうっすらと浮き、理人にはやけに白く見えた。
天気はこっくりさんに尋ねたあとスマホで確認し、当たっていたらしい。
テスト範囲については、隼田たちとはクラスが違うため、葵と理人には当たっているかどうか判断できなかったという。
隼田は、
「テスト内容、これで当たったら神じゃん」
なんて笑いながら三人を見回していた。
だが次第に、質問は不穏なものに変わっていった。
隼田の嫌いな相手の弱点や、美々香の陰口を最初に広めたのは誰か、といった問いだった。
問いを重ねるごとに、十円玉が指の下でわずかに重くなる気がし、葵も理人も落ち着かなかった。
蛍光灯の音がやけに耳につく。
ひらがなと鳥居、「はい」「いいえ」が書かれた紙の上で、四人の影が揺れていた。
理人は思わず葵を横目で見てしまい、葵もわずかに椅子を寄せた。
「おい江里、押しただろ」
「するわけないでしょう、そんなこと」
「じゃあ菅野だ」
「はいはい、そうかもね」
美々香はあまり喋らなかった。
時折理人に視線を向けていたが、理人が気づいて見返すと、すぐに逸らす。
「それで、美々香が私を見ながら、『葵ちゃんは好きな人いる?』って言い出して」
葵は嫌な予感を覚え、思わず理人のほうへ身を寄せた。それを見た美々香の目が、すっと細くなる。
一方で、隼田の口元はにやりと上がった。
「菅野と江里って、付き合ってんの?」
「さあ、どうでしょう」
理人は微笑んでそう返した。
理人も相当負けず嫌いだと藤乃は思ったが、黙って聞いていた。
エアコンが音を立て、冷たい風を吹き出している。
「隼田くんは、好きな人やお付き合いされている方がいるんですか?」
「んだよ、江里。自分に彼女がいるからって余裕じゃん」
「聞いただけです。美々香さんはどうですか?」
「……あたしは」
「それこそ、こっくりさんに聞いてみればいいじゃねえか」
隼田が鼻で笑って、十円玉をカチンと鳥居の絵に置いた。
美々香は黙ってそこに指を乗せた。
葵が立ち上がった。
「それをこっくりさんに聞いて暴くのは違うでしょ。理人行こう」
理人が頷く前に、隼田が口を開いた。
「菅野はたまに迎えに来てる大学生と江里の二股なんだっけ?」
「は?」
「ちょ、菅野さん」
「隼田……あんた、どういうつもり?」
「別に?」
隼田は薄く笑い、葵を見上げる。
「菅野の家って神社だろ? 巫女さんのくせに男取っ替え引っ替えとかウケるなーって」
葵は舌打ちをした。彼女は巫女ではない。藤乃と理人が葵の友人であることは家族全員が知っているし、そもそも藤乃は祖父の幼馴染の孫だ。
理人も近隣の地主の孫で、祖父同士に繋がりがあるため、隼田が何を言いふらそうと神社に影響はなかった。
——影響はない。だが。
「言いふらしてみなさいよ。あんたの親が、少なくとも市内には越せないくらいには、社会的に晒してやるから」
「やれるもんならやってみろよ。ま、こっくりさん一つ怖くてできない菅野には無理だろうけど」
そこまで聞き、藤乃は思わず口を開いた。
「……いや、乗せられすぎだろ」
「菅野さんは気が短いですから」
「お前もだよ」
藤乃は呆れたように葵と理人を見比べる。
二人は気まずそうに藤乃を見上げた。
ふと、エアコンが静かになる。
***
「えっと、それで……結局こっくりさんを再開することになりまして」
「そこから、何かおかしかったんだ。十円玉が滑るたびに美々香が揺れて、窓がぴしぴしと鳴るようになって」
最初は葵も理人もなんとも思わなかった。
隼田がにやにやしながら美々香の好きな人を尋ね、十円玉が紙の上をふらふらとさまよった。
美々香が多少ふらついても、好きな人をあのように聞かれて恥ずかしいのだろうと、葵も理人も思っていた。
風で、ガタガタと窓が揺れた。
「『え』……『ら』? ズレたのかな」
隼田が笑いながら美々香を見た。
そして、目を見開く。
「ウケる、どんだけ拒否ってんだよ」
つられて葵も美々香を見て、言葉を失う。
理人が立ち上がった。
「終わりにしましょう。美々香さん、顔が真っ青じゃないですか」
「だ、だめ」
かすかな声がした。
美々香がぶるぶる震えながら十円玉を見つめている。
体がこれほど震えているのに、指先は張り付いたように十円玉を押さえたままだった。
「途中で止めちゃダメなの。ちゃんと、こっくりさんを返さないと……っ」
「そうだぜ、途中で逃げ出したら、呪われちまう」
理人は隼田を睨んで座り直した。
椅子が軋む。
空気が重く、喉にまとわりつくようだった。
「こっくりさん、こっくりさん、おかえりください」
隼田が歌うように言った。
ふと、葵が十円玉に乗せていた手を右手から左手に乗せ替えた。そして理人に寄せていた右手を机の下におろす。
「途中で指を離さないで……っ」
美々香が悲鳴のような声を上げた。
理人がチラリと葵を見ると、葵はまっすぐに美々香を見ている。
机の下の葵の手が、理人の手を掴んだ。
それと同時に十円玉がずるりと滑った。
『いいえ』
教室の扉がガタンと揺れた。
同時に葵が勢いよく立ち上がる。
美々香の荒い息に理人が振り返りかけたが、葵の声が遮った。
「理人、帰ろう」
葵は理人の手を引いた。
理人が声をかける間もなく、葵は教室を飛び出し――立ち止まった。
「隼田、烏田と小雀は?」
「は?」
隼田が半笑いのまま立ち上がり、廊下に出てきた。
「あんたが、あいつらにドアとか揺らさせてたんじゃないの?」
誰もいない廊下を見た瞬間、隼田の笑顔が引きつった。手にしていたスマホの画面を確認し、それをゆっくりと葵に向けた。
「『迎えが早めに来たから帰る』って、三十分前……?」
葵と理人は同時につないだままの手を握り締め、顔を見合わせた。
二人はうなずき合って、そのまま走り出した。
***
「……という、わけです」
「で?」
藤乃はため息をついて、二人の顔を見た。
「ちゃんと、終わらせてこなかったのか」
葵も理人も青い顔で藤乃を見上げたが、彼はいつもと変わらない表情のままだった。
「俺、トイレ行っていい?」
「僕も行きます」
「わ、私も置いてかないで……!」
「アホか、ついてくんな」
結局、藤乃がトイレから出てくるまで、二人はドアの前で待っていたし、その後葵と理人も交代でトイレに行った。
シャワーも交代で浴びたが、浴びていない二人は浴室のドアの前に立っていた。藤乃が一瞬水を飲みに離れたとき、葵が半泣きでドアから顔を出した。
「中学生だろ」
「そういう問題じゃないの!」
「そうですよ藤乃さん。中学生だからなんだって言うんですか!」
シャワーを終えた後も二人がどうしても藤乃から離れなかったため、彼は昔友人が持ち込んだ、広げると敷布団になる寝袋を出してきた。藤乃が真ん中に横になり腹にタオルケットをかけると、葵と理人も左右にぴたりと寄り添って横になった。
「寝苦しいし、寝返り打てねえし」
「私が隣にいて何が不満なの藤乃くん」
「そうですよ、一緒に寝てくださいお願いします」
「へいへい、しょうがないガキどもだよ」
藤乃は観念して、二人の頭を撫でて目を閉じた。
***
数日後、藤乃が再び葵を塾に迎えに行くと、葵だけでなく理人も一緒に出てきた。
「藤乃くん、手つないで」
「なんかあった?」
「美々香さんを見かけたので、先日無事に帰れたか確認したんです」
理人は藤乃と手こそつながなかったが、うつむいたまま空いたほうの腕にぴたりと寄り添った。
「美々香は帰れたらしいけど、隼田は塾に来てないって」
「来てない? あれから来てないって?」
藤乃が聞き返すと、二人は青い顔を見合わせた。
葵が藤乃の手を強く握る。
「そうじゃなくて、隼田は小学校で塾を辞めちゃって、中学に上がってからは来てないって」
藤乃は目を細めて二人を見た。
「見間違いか、ただの噂だろ。転塾して戻ってきたとかさ。ともかく葵は家まで送るから。理人も今日は親父さん迎えに来るんだろ?」
「や、やだ! うち神社なんだよ!? どうするの、何か出たら!」
葵はまたもや涙目で藤乃の腕にしがみついた。
「神社に出るわけねえだろ」
「僕も一人で寝たくないです……」
「やだよ。お前らいると狭いし、俺は明日、朝一で学校に行かないといけねえんだよ」
「その時に帰るから!」
「僕も菅野さんを送ってから帰りますから、今夜は泊めてください……!」
葵と理人が藤乃に泣きつき、結局それぞれがまた親に許可をもらい、藤乃の部屋に泊まることになった。
藤乃が待っている間、塾では子供たちが出入りし、そのたびに自動ドアがやけに大きな音を立てた。だがすぐにドアは閉まり、消えかけの夕日を反射して中は見えなくなった。
「ったくさー。晩飯、コンビニで買って帰るぞ」
「うん、手離さないでね」
「僕もつないでください」
「俺はいつこんなでっかい子持ちになっちゃったんだろうな……」
ふと、冷たい風が吹いた。
藤乃は振り返る。
塾の入り口から少年が顔を覗かせている。
顔の半分だけが夕日に照らされている。
身じろぎもせず、藤乃のほうを向いていた。
――藤乃が目を細めた瞬間、ドアが閉まった。
「藤乃くん?」
「どうかしましたか?」
葵と理人が、ぽかんとした顔で藤乃を見上げていた。
「……いや。帰ろう」
藤乃は二人の手を握り直して、歩き出した。
某所の短編コンテストに出したホラーです
***
大学二年生の夏、須藤藤乃が塾に幼馴染みの菅野葵と、友達の絵里理人を迎えに行くと、二人が飛び出してきた。
「どした」
「藤乃くん、帰ろう。今日泊めて!」
「藤乃さん、僕も泊めてください!」
「二人も寝る場所ねえけど」
飛び出してきた葵と理人は、中学生になったばかりとは思えないほどに怯えた顔で、藤乃にしがみついた。
夏の夜の生ぬるい風が吹き抜けた。
***
葵と理人はそれぞれの親に外泊の連絡を入れた。
何度も振り返る二人を促して、藤乃の一人暮らしの部屋へ向かう。
ドアを開けた途端に、つけたままにしていたエアコンの冷気が藤乃の体を包んだ。
だが二人は、藤乃の両腕にしがみついたまま離れない。
中学生が二人も腕にぶら下がっていればさすがに暑い。藤乃は腕を軽く振ったが、二人は離れようとしなかった。
「とりあえずシャワー浴びてこいよ。汗だくじゃん」
「一緒に来て」
「僕も一人で行きたくないです」
「狭いからヤダよ。どうした、二人して」
葵と理人は青ざめた顔を見合わせた。
それからゆっくり藤乃を見上げる。
「……こっくりさん、してたの」
「こっくりさん? 十円玉にみんなで指乗せるやつ?」
「それです」
「お前ら二人で?」
「……ううん、四人で」
二人は再び顔を見合わせた。
藤乃は小さく息をつき、二人を座らせようとしたが、葵も理人も離れたがらない。諦めてベッドにもたれ、床に胡座をかくと、二人はその両脇にぴたりと寄り添った。そのとき、藤乃の目に二人の腕に鳥肌が立っているのが目に入る。藤乃は小さく息を吐いた。
二人はしがみついたまま、ささやくような声で、何があったかを話し始めた。
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講師の体調不良で、最後の授業が早めに終わったのだと理人は言った。
薄暗い廊下で二人が藤乃に迎えの連絡をしようとしたところ、葵と理人は顔見知りの隼田と美々香に声をかけられた。
「そっちも迎えが来るまで暇だろ?」
「学校で流行ってるおまじないがあるから、一緒にやろうよ」
二人は葵たちとは別のクラスだそうだ。
葵と理人は特進Sクラス、相手は通常Cクラス。ただ、どちらも葵と同じ小学校の出身で、無碍にもできなかったらしい。
「美々香が理人に気があるのはわかってたから、あんまりやりたくなかったんだけどね」
葵は小さく息をついた。
理人も顔をしかめ、葵を横目で見た。
「僕もです。隼田くんはあからさまに菅野さん目当てでしたから」
「でも、めちゃくちゃ煽られちゃって」
「菅野さん、藤乃さんに似て短気なところがありますから」
「なんで俺のディス入れたんだよ……」
迎えまで三十分以上あったうえ、隼田と美々香が執拗だったため、葵と理人は付き合うことにしたという。
そこで提案されたのが、こっくりさんだったそうだ。
藤乃が顔をしかめたのに気づいたのか、葵と理人は気まずそうに視線を交わした。
「その、私もそういうものがあるっていうのは知ってたけど、やったことはなくて」
「僕は知りませんでした。なんですか、あの気持ち悪いの」
「おまじないっつうか……降霊術らしいけど」
藤乃は言葉を選びかねる。
藤乃自身、詳しいわけではなかった。
「最初は、大した質問じゃなかったんだよ」
「ええ、明日の天気とか、次の塾のテスト範囲とか」
四人は空き教室で一つの机を囲んでいたという。
黒板に消し残されたチョークの粉がうっすらと浮き、理人にはやけに白く見えた。
天気はこっくりさんに尋ねたあとスマホで確認し、当たっていたらしい。
テスト範囲については、隼田たちとはクラスが違うため、葵と理人には当たっているかどうか判断できなかったという。
隼田は、
「テスト内容、これで当たったら神じゃん」
なんて笑いながら三人を見回していた。
だが次第に、質問は不穏なものに変わっていった。
隼田の嫌いな相手の弱点や、美々香の陰口を最初に広めたのは誰か、といった問いだった。
問いを重ねるごとに、十円玉が指の下でわずかに重くなる気がし、葵も理人も落ち着かなかった。
蛍光灯の音がやけに耳につく。
ひらがなと鳥居、「はい」「いいえ」が書かれた紙の上で、四人の影が揺れていた。
理人は思わず葵を横目で見てしまい、葵もわずかに椅子を寄せた。
「おい江里、押しただろ」
「するわけないでしょう、そんなこと」
「じゃあ菅野だ」
「はいはい、そうかもね」
美々香はあまり喋らなかった。
時折理人に視線を向けていたが、理人が気づいて見返すと、すぐに逸らす。
「それで、美々香が私を見ながら、『葵ちゃんは好きな人いる?』って言い出して」
葵は嫌な予感を覚え、思わず理人のほうへ身を寄せた。それを見た美々香の目が、すっと細くなる。
一方で、隼田の口元はにやりと上がった。
「菅野と江里って、付き合ってんの?」
「さあ、どうでしょう」
理人は微笑んでそう返した。
理人も相当負けず嫌いだと藤乃は思ったが、黙って聞いていた。
エアコンが音を立て、冷たい風を吹き出している。
「隼田くんは、好きな人やお付き合いされている方がいるんですか?」
「んだよ、江里。自分に彼女がいるからって余裕じゃん」
「聞いただけです。美々香さんはどうですか?」
「……あたしは」
「それこそ、こっくりさんに聞いてみればいいじゃねえか」
隼田が鼻で笑って、十円玉をカチンと鳥居の絵に置いた。
美々香は黙ってそこに指を乗せた。
葵が立ち上がった。
「それをこっくりさんに聞いて暴くのは違うでしょ。理人行こう」
理人が頷く前に、隼田が口を開いた。
「菅野はたまに迎えに来てる大学生と江里の二股なんだっけ?」
「は?」
「ちょ、菅野さん」
「隼田……あんた、どういうつもり?」
「別に?」
隼田は薄く笑い、葵を見上げる。
「菅野の家って神社だろ? 巫女さんのくせに男取っ替え引っ替えとかウケるなーって」
葵は舌打ちをした。彼女は巫女ではない。藤乃と理人が葵の友人であることは家族全員が知っているし、そもそも藤乃は祖父の幼馴染の孫だ。
理人も近隣の地主の孫で、祖父同士に繋がりがあるため、隼田が何を言いふらそうと神社に影響はなかった。
——影響はない。だが。
「言いふらしてみなさいよ。あんたの親が、少なくとも市内には越せないくらいには、社会的に晒してやるから」
「やれるもんならやってみろよ。ま、こっくりさん一つ怖くてできない菅野には無理だろうけど」
そこまで聞き、藤乃は思わず口を開いた。
「……いや、乗せられすぎだろ」
「菅野さんは気が短いですから」
「お前もだよ」
藤乃は呆れたように葵と理人を見比べる。
二人は気まずそうに藤乃を見上げた。
ふと、エアコンが静かになる。
***
「えっと、それで……結局こっくりさんを再開することになりまして」
「そこから、何かおかしかったんだ。十円玉が滑るたびに美々香が揺れて、窓がぴしぴしと鳴るようになって」
最初は葵も理人もなんとも思わなかった。
隼田がにやにやしながら美々香の好きな人を尋ね、十円玉が紙の上をふらふらとさまよった。
美々香が多少ふらついても、好きな人をあのように聞かれて恥ずかしいのだろうと、葵も理人も思っていた。
風で、ガタガタと窓が揺れた。
「『え』……『ら』? ズレたのかな」
隼田が笑いながら美々香を見た。
そして、目を見開く。
「ウケる、どんだけ拒否ってんだよ」
つられて葵も美々香を見て、言葉を失う。
理人が立ち上がった。
「終わりにしましょう。美々香さん、顔が真っ青じゃないですか」
「だ、だめ」
かすかな声がした。
美々香がぶるぶる震えながら十円玉を見つめている。
体がこれほど震えているのに、指先は張り付いたように十円玉を押さえたままだった。
「途中で止めちゃダメなの。ちゃんと、こっくりさんを返さないと……っ」
「そうだぜ、途中で逃げ出したら、呪われちまう」
理人は隼田を睨んで座り直した。
椅子が軋む。
空気が重く、喉にまとわりつくようだった。
「こっくりさん、こっくりさん、おかえりください」
隼田が歌うように言った。
ふと、葵が十円玉に乗せていた手を右手から左手に乗せ替えた。そして理人に寄せていた右手を机の下におろす。
「途中で指を離さないで……っ」
美々香が悲鳴のような声を上げた。
理人がチラリと葵を見ると、葵はまっすぐに美々香を見ている。
机の下の葵の手が、理人の手を掴んだ。
それと同時に十円玉がずるりと滑った。
『いいえ』
教室の扉がガタンと揺れた。
同時に葵が勢いよく立ち上がる。
美々香の荒い息に理人が振り返りかけたが、葵の声が遮った。
「理人、帰ろう」
葵は理人の手を引いた。
理人が声をかける間もなく、葵は教室を飛び出し――立ち止まった。
「隼田、烏田と小雀は?」
「は?」
隼田が半笑いのまま立ち上がり、廊下に出てきた。
「あんたが、あいつらにドアとか揺らさせてたんじゃないの?」
誰もいない廊下を見た瞬間、隼田の笑顔が引きつった。手にしていたスマホの画面を確認し、それをゆっくりと葵に向けた。
「『迎えが早めに来たから帰る』って、三十分前……?」
葵と理人は同時につないだままの手を握り締め、顔を見合わせた。
二人はうなずき合って、そのまま走り出した。
***
「……という、わけです」
「で?」
藤乃はため息をついて、二人の顔を見た。
「ちゃんと、終わらせてこなかったのか」
葵も理人も青い顔で藤乃を見上げたが、彼はいつもと変わらない表情のままだった。
「俺、トイレ行っていい?」
「僕も行きます」
「わ、私も置いてかないで……!」
「アホか、ついてくんな」
結局、藤乃がトイレから出てくるまで、二人はドアの前で待っていたし、その後葵と理人も交代でトイレに行った。
シャワーも交代で浴びたが、浴びていない二人は浴室のドアの前に立っていた。藤乃が一瞬水を飲みに離れたとき、葵が半泣きでドアから顔を出した。
「中学生だろ」
「そういう問題じゃないの!」
「そうですよ藤乃さん。中学生だからなんだって言うんですか!」
シャワーを終えた後も二人がどうしても藤乃から離れなかったため、彼は昔友人が持ち込んだ、広げると敷布団になる寝袋を出してきた。藤乃が真ん中に横になり腹にタオルケットをかけると、葵と理人も左右にぴたりと寄り添って横になった。
「寝苦しいし、寝返り打てねえし」
「私が隣にいて何が不満なの藤乃くん」
「そうですよ、一緒に寝てくださいお願いします」
「へいへい、しょうがないガキどもだよ」
藤乃は観念して、二人の頭を撫でて目を閉じた。
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数日後、藤乃が再び葵を塾に迎えに行くと、葵だけでなく理人も一緒に出てきた。
「藤乃くん、手つないで」
「なんかあった?」
「美々香さんを見かけたので、先日無事に帰れたか確認したんです」
理人は藤乃と手こそつながなかったが、うつむいたまま空いたほうの腕にぴたりと寄り添った。
「美々香は帰れたらしいけど、隼田は塾に来てないって」
「来てない? あれから来てないって?」
藤乃が聞き返すと、二人は青い顔を見合わせた。
葵が藤乃の手を強く握る。
「そうじゃなくて、隼田は小学校で塾を辞めちゃって、中学に上がってからは来てないって」
藤乃は目を細めて二人を見た。
「見間違いか、ただの噂だろ。転塾して戻ってきたとかさ。ともかく葵は家まで送るから。理人も今日は親父さん迎えに来るんだろ?」
「や、やだ! うち神社なんだよ!? どうするの、何か出たら!」
葵はまたもや涙目で藤乃の腕にしがみついた。
「神社に出るわけねえだろ」
「僕も一人で寝たくないです……」
「やだよ。お前らいると狭いし、俺は明日、朝一で学校に行かないといけねえんだよ」
「その時に帰るから!」
「僕も菅野さんを送ってから帰りますから、今夜は泊めてください……!」
葵と理人が藤乃に泣きつき、結局それぞれがまた親に許可をもらい、藤乃の部屋に泊まることになった。
藤乃が待っている間、塾では子供たちが出入りし、そのたびに自動ドアがやけに大きな音を立てた。だがすぐにドアは閉まり、消えかけの夕日を反射して中は見えなくなった。
「ったくさー。晩飯、コンビニで買って帰るぞ」
「うん、手離さないでね」
「僕もつないでください」
「俺はいつこんなでっかい子持ちになっちゃったんだろうな……」
ふと、冷たい風が吹いた。
藤乃は振り返る。
塾の入り口から少年が顔を覗かせている。
顔の半分だけが夕日に照らされている。
身じろぎもせず、藤乃のほうを向いていた。
――藤乃が目を細めた瞬間、ドアが閉まった。
「藤乃くん?」
「どうかしましたか?」
葵と理人が、ぽかんとした顔で藤乃を見上げていた。
「……いや。帰ろう」
藤乃は二人の手を握り直して、歩き出した。



