ロマンスに、キス




違う、と言おうとした。
喉まで言葉がせり上がってきた瞬間――彼の右手が、私の口をふさぐように添えられた。呼吸が止まる。声も奪われる。

何も言えないまま、目の前で女の子は涙を零した。肩を震わせながら走り去っていく。足音が遠ざかり、静けさだけが残る。

彼の手が、ゆっくりと口元から離れた。胸の奥で、怒りが熱を帯びて渦巻く。



「……あの?どういうつもりですか?」



私はにっこりと微笑んだ。完璧な“天使スマイル”。
上辺だけなら、いくらでも作れる。怒っているときほど、綺麗に微笑める自信がある。


彼はようやく私のほうを見た。 けれど返ってきた言葉は――。



「その顔、気持ちわりぃ」



外見を褒められることしかなかった人生で、“気持ち悪い”なんて初めて言われた。その瞬間、胸の奥で何かが静かに切れる音がした。
――私の世界を支えていたものが、ひとつ崩れ落ちる。