ロマンスに、キス




ちょっと、待って。
どういうこと?

頭の中で言葉が空回りする。初めてすぎて、思考がまるで追いつかない。

まつ毛、長いな──
そんな場面じゃないのに、目を開けたままのキスで、どうでもいいことを考えてしまう。

ただ猿2匹をからかっただけ。こんな展開、絶対に想定してなかった。
完全なるイレギュラー。ありえない。



「な? お前ら、黙れよ」



唇がふっと解放された瞬間、男はすぐさま猿たちの方へ視線を戻し、冷たくガンを飛ばす。

その気迫に、猿2匹は情けないほど固まっていた。


ほんとに、意味がわからない。なんで、あたしがこんなことを“させられた”みたいになってんの。



「……ちっ、だりーな」

「行こーぜ」



猿2匹は、あたしとヘッドフォン男を交互に睨みながら、悪態だけ残して去っていく。

いや、睨まれる筋合いこっちにないんだけど。むしろあんたらのほうが迷惑。

それにしても。
さっきの男──文句を言ってやろうと声をかけようとしたとき、彼はもう背を向けていた。



「ああ、悪い」



それだけ言って、ヘッドフォンをまた耳に戻す。歩幅は大きく、振り返る気配もない。


あたしはしばらくその背中を眺めていた。

怒るべきなのか、呆れるべきなのか。感情がすぐに形を持たない。

ただひとつだけわかるのは、あれは助けでも、優しさでもないということ。


……最悪だと思う。

そう思うのに。


一瞬だけの感触が、どうにも忘れにくいのが癪だった。