ロマンスに、キス




「これで、柏谷一千華は――俺のものだな」



その言葉が、耳に落ちた瞬間。
怖くて、ぎゅっと目を瞑る。もう、何も考えたくなかった。



――そのとき。


バンッ、と。
勢いよく扉が開く音が、屋上に響いた。



「やるなら、ほかの場所でやれ……って…一千華?」



気だるそうな声。


購買の袋をぶら下げて、あくびを噛み殺しながら入ってきたのは――

佐野だった。


一瞬、状況が理解できなかった。


手首は、まだ掴まれたまま。気持ち悪い顔は、至近距離にあって。現実は、何も変わってないはずなのに。
佐野の顔を見た瞬間、どうしてか、全身の力が抜けた。



……ああ。


安心、してしまった。


それと同時に。
こんなところを、こんな姿を、見られたくなかったって気持ちが込み上げてきて。


悔しくて。情けなくて。
涙が、止まらなくなった。


助けてって、言いたい。声に出したい。
でも、言えない。


かわいくないところを見せたくないとか、惨めな自分を知られたくないとか。
そんなプライドが、まだ邪魔をする。


――なのに。


言えないくせに、助けてほしいなんて。
本当に、最低だ。