ロマンスに、キス




違う、と言おうとした。


喉の奥から、言葉が一気にせり上がってくる。今なら、まだ間に合う。否定しなきゃ。誤解を解かなきゃ。


そう思った、その瞬間――

彼の右手が、すっと伸びてきた。


指先じゃない。
逃げ場を塞ぐみたいに、あたしの口元全体を覆う。



呼吸が、止まる。


声を出そうとしても、空気が喉に引っかかるだけで、音にならない。


頭が一瞬、真っ白になった。



何も言えないまま、目の前で女の子は、ぽろりと涙を零した。
唇を噛みしめて、肩を小さく震わせながら、背を向ける。
走り去っていく後ろ姿を、あたしはただ見送ることしかできない。



やがて、音が消え、残ったのは、気まずいほどの静けさだけ。

ようやく、彼の手が、ゆっくりとあたしの口元から離れた。



胸の奥で、遅れてきた怒りが、じわじわと熱を帯びて、渦を巻く。



「……あの?どういうつもりですか?」



あたしは、にっこりと微笑んだ。


完璧な“天使スマイル”。


角度も、目の細め方も、周囲が一番安心する、いつもの顔。